わたしたちの町

能登半島地震

能登半島地震の被害と原発関連地をめぐる(模擬tour)

紹介 尾形正宏はじめに2024年能登半島地震の被害の備忘録として,また学校教育の教材用写真として,本ページをまとめてみようと思います。仮に,東京からのお客さんと「のと里山空港」(午前10時前着)で合流し,珠洲市宝立町の拙宅から出発するという...
珠洲原発反対運動の歴史

活字になった珠洲原発

関西・中部・北陸の3電力会社による共同開発として進められた「珠洲原発計画」は,住民に様々な影響を与えました。 このページでは「珠洲原発計画」に関する文献(新聞を除く)を紹介します。学習資料にどうぞ。画像をクリックすると,アマゾンに飛びます。...
さいはての街・珠洲

珠洲地方の方言

地方独自の言語=方言は,日本語の豊かさの一部です。地元を離れて生活した学生時代には,ちょっと恥ずかしかった言葉が,今ではとてもとても大切なもののように思われます。標準語に言い換えても何かしっくりこない微妙な言葉の雰囲気が好きです。(みつみか...
能登半島地震

地震の被害と地質(雲津・小泊編)

本レポートは,2024年1月1日午後4時10分頃に発生した令和6年能登半島地震による市内の家屋の倒壊状況を見て,疑問に思い,調べたことである。あくまで一つの仮説として読んでほしい。ここで取り上げた小泊地区と雲津地区は,以前,わたしが勤めこと...
さいはての街・珠洲

珠洲の揚げ浜式製塩(プチ歴史)

尾形正宏はじめに…SDGs学習会で 夏休み中,珠洲市内の小中学校の教師が集まるSDGs学習会に,昨年に引き続き今年も参加させてもらった。わたしの立場はNPO法人おらっちゃの会員(+元教員)としてなので,NPO会員がイベント等で身につけている...
珠洲原発反対運動の歴史

珠洲原発反対運動の歴史(簡略版)

本ページは『石川県教組珠洲支部50年誌 いばらの歩み』(発行:珠洲支部)より引用してあります元の文章も「珠洲たの」管理人が作成したので、著作権は大丈夫です(^^;)珠洲原発計画の浮上 珠洲市の原発誘致問題が具体化したのは,1975年10月3...
さいはての街・珠洲

藻寄行蔵ものがたり

上のイラストは『ふるさとがはぐくむ どうとくいしかわ 小学校高学年』(石川県教育委員会編)より珠洲郡敎育研究會編『珠洲郷土讀本』(昭和11年発行)第24課 藻寄行蔵旧字体,旧仮名遣い,漢数字(一部)を修正して紹介します。また,今では余り使わ...
さいはての街・珠洲

校歌の中に「長浜」あり

珠洲市内の小中学校の校歌には,「長浜」という言葉が入っている歌があります。この長浜というのは,『能登名跡志』に鵜島三ヶにて家三百軒あり。村の長さ二十町余あり。この辺より三崎までを長浜の浦というて塩多く焼く所なり。風景類い無し。惣じて此の松波...
さいはての街・珠洲

「奥能登国際芸術祭2020+」私的参加報告記

コロナ禍のため,一年遅れで開催された「奥能登国際芸術祭2020+」(2021年9月4日~10月24日,11月まで延長に)。奥能登と銘打っていますが,作品展示会場はすべて珠洲市内です。『広報すず』(2022年5月号)によると,全期間の来場者数...
さいはての街・珠洲

『奥能登国際芸術祭2017』見学記

2017年,この奥能登の最先端珠洲市を会場に,「奥能登国際芸術祭」が開催されました。芸術にはあまり縁がないわたしも,地元開催とあっては,少々触手が動きます。ほとんどの作品(止まっているやつ)は,見てきました。自分だけで見た作品,娘たちの帰省...
さいはての街・珠洲

珠洲地方の方言(動植物編)

地域限定(広範囲な場合もある)で使われている動物や植物・食材の呼び名があります。地域が変わると,何のことを指しているのか分からない。そういうものを集めてみました。もっとも,これらは,方言と言うよりも,わたしの子ども時代の仲間内の言葉だったの...
さいはての街・珠洲

「引砂の三右衛門」の創作劇

珠洲市三崎町引砂(ひきすな)には,とんちで有名な「引砂の三右衛門(さんにょもん)」と呼ばれる人が住んでいました(ということになっています)。いくつかのとんち話も伝わってきていて,保存会により絵本も作られています。 その三崎町にある小学校に勤...