能登半島地震の被害と原発関連地をめぐる(模擬tour)

能登半島地震

外浦~峠越え:大谷地区(見学)~若山地区(見学)

1 高屋町(原発予定地)

木ノ浦の椿展望台を出て,奥能登絶景海道(県道28号線)さらに輪島方面へと進みます。
展望台から見えた堂ガ崎を超えたあたりが高屋町です。ここも,珠洲原発建設予定地でした。高屋地区を担当したのは関西電力です。

高屋見張り小屋付近

当時,高屋町の入口には反対派の団結小屋(見張り小屋)がありました。反対派の事前調査(電力会社は「可能性調査」と言っていた)阻止行動のための拠点として建設されました。この道を通る電力会社の車に目を光らせていたのです。
このあたりの海底も,能登半島地震後は大きく隆起して白い岩肌を見せています。
「強固な岩盤」(電力会社の好きな言葉)であるはずの地面が隆起したのです。

キリコ収納庫,圓龍寺,ノカンゾウ

高屋漁港の方へ向かうと,左手に「キリコ収納庫」が見えてきます。この収納庫の看板には「…キリコを組み立てたまま保管できる施設の建設を珠洲市に要望し,関西電力の協力により建設されたものです。平成7年10月 高屋まちづくり推進会・高屋日吉神社氏子総代会」とあります。
漁港を過ぎて,次の岬を越えると,左手に倒壊したお寺(圓龍寺)が見えてきます。圓龍寺は浄土真宗大谷派の寺院で塚本真如住職は,珠洲原発反対運動を精力的に取り組んでいました。今回の地震で,本堂も庫裡も大きく倒壊してしまいました。
さらに進むと左手に緩やかな斜面に広がる田畑が見えてきます。季節が逢えば,道端にノカンゾウの群生を見ることができます。ノカンゾウ=のかないぞ=移動しないぞという連想で「われわれは土地を売らない。この土地を譲らない」という決意の表す植物として,自然を守る地権者の会・珠洲原発反対連絡協議会の看板にも利用されました(看板はすでにありません)。

2 馬緤町(ゴジラ岩付近)の海岸

高屋町を過ぎて,馬緤(まつなぎ)町に入ると,黄色いハンカチが見えてきます(2024/07/22現在)。珠洲市自然休暇村センターです。ここは,地震発災以降半年以上も馬緤町民の避難所だった建物です。馬緤町は珠洲市に伝わる民謡「砂取節」発祥地です。なお「砂取節」と珠洲塩づくり(揚浜塩田)については,こちらをご覧ください。
さらに西へ進むと相互通行があります。その途中に「ゴジラ岩」という看板が見えてきます。
ゴジラ=松井秀樹(石川県出身の大リーガー)が活躍しだした頃に名付けられた3mくらいの奇岩で,指定された場所から見ると,確かにあのゴジラに見えます。能登半島地震でゴジラ岩共々隆起してしまい,ゴジラは完全に陸の上となりました。

3 大谷地区(大谷~長橋~片岩~清水,そして仁江)

奥能登絶景海道(R249)を,大谷町(帰りに寄ります),長橋,片岩,清水と,右手に日本海を見ながら進みます。このあたりは,市内でも塩づくり(主に揚浜塩田)が盛んなところで,塩づくりをしている工場が並んでいます。
どこかに車を止めて,海の方に見てみましょう。
海岸線がずいぶん遠くなってしまっているのが見えるでしょう。桶に海水を入れて塩田まで運ぶ…という作業がとても困難になったことが想像できると思います。
塩田村を過ぎてさらに進むと,大きく山体崩壊を起こして海岸沿いの道を塞いでしまっている地区があります。仁江(にえ)町です。
ここから先は車で通れません(2024/09/03現在)。わたしが行ったときには隆起した海岸に工事車両用の道路を造っていました(下の写真を拡大すると臨時道路が見えます)。今後,地盤調査などをして,ここに正式な道路ができる予定です。

「ENDEN奥能登揚げ浜塩田しお」付近の隆起した海岸(2024/07/11)

4 大谷町

車はこれ以上前に進めないので,来た道を戻ります。
大谷川の手前の急な坂道を登ると,旧西部小学校跡地へ登ることができます。たいへん急な坂なのでご注意を。
この跡地全体は,奥能登国際芸術祭の会場となっており,小学校の体育館は「スズ・シアター・ミュージアム」(臨時休館中)という素敵な芸術作品に生まれ変わっています。また,日本海を一望できる場所には「潮騒レストラン」が建っています。

芸術祭の作品も…

写真左のジャングルジムのような作品は,昨年行われた奥能登国際芸術祭2023の作品5「松雲海風艀雲(まつくもうみかぜはしけぐも)」です。左下奥に見えるのが,作品03「潮騒レストラン」。坂茂さんの作品,かつ,実際にここで食事もできます(今は,金・土・日・祝日,午前11時30分~午後1時30分限定)。
海に面した場所にある「潮騒レストラン」は無事だったのですが,反対側(元運動場側)に建っていた作品5は,地盤とともに下に落ちてしまいました。

迂回路も

大谷町から珠洲市の中心街へと戻ります。本来なら,国道249号線(大谷峠)を通って行くのですが,今は通行止めで迂回する必要があります。
そこで,大谷川に沿って迂回路へと進んでいきます。一部,仮設道路が造られています。このあたりは,山崩れが多くあり,大雨が降ると今でも洪水警報・避難指示が出されます。

5 若山町:6㎞以上続く断層を発見!

迂回路を通って若山町へ出ます。若山地区には,6㎞近い長さの断層が発見されています。
「ここには活断層でもないのに,なぜ,最大2mもの断層ができたのか?」
と,研究者たちは,今,断層付近を掘削して調査中です。結果は年内にまとめるそうなので,どんな結果が出るのか興味深いです。
活断層がないところでもこのような大きな断層ができることもあるとするなら,既存の原発の安全性にも問題が出てくることになりそうですからね。
残念ながら,わたしが撮影した頃には,もう雑草がぼうぼうで断層の雰囲気がわかりにくいです。

MRO…活断層がない場所に“段差” 「なんでこんなとんでもない物が…」 掘削調査で見えた2つの地層

6 道の駅・すずなり

もうそろそろ夕方になっていることでしょう。帰宅する前に,道の駅すずなりに寄ってみましょう。揚げ浜塩田の塩を使った塩ソフトをはじめ,珠洲のお土産がいっぱい売っています。
今後,2年間は,珠洲の食堂が集まって開いている「すずなり食堂」もあるそうですので,夕食をここで頂くこともできます。

道の駅すずなり
Puchi-masashi – 投稿者自身による著作物, CC 表示-継承 4.0, https://commons.wikimedia.org/w/index.php?curid=81390883による
2024年夏,帰省していた娘が買っていったみやげ

以上で,今日の模擬tourはおしまいです。
夕食は,すずなり食堂,あるいは飯田町の「ろばた焼あさ井」「酒肴まつうら」,宝立町の「幸ずし」などでいかがでしょう。おいしいですよ~。
「珠洲市ディナーマップ」はこちら(要確認!! 能登半島地震前のものですので,やっていない店も多く出てきます)


終わりに

もともと,このページをまとめようと思ったのは,8月末の研究会メンバーとの交流があったからです。
東京在住の仮説実験授業研究会会員の中一夫さんが,「能登半島地震の被害や復旧・復興の様子を見たい」「珠洲原発予定地だった場所も行ってみたい」ということで,8月末,能登にいらっしゃることになりました。
珠洲たのサークルは,これまでも,中さんにたいへんお世話になってきました。いろんな講座の講師として,能登に来て頂いたし,和倉温泉「のと楽」で開催した仮説実験授業研究会夏の全国合宿研究会能登大会(2010年夏)の際にも,本当に助けてもらいました。
さらに今回の震災後にも,〈地元に住む我々が,震災以来,何を考えどのような生活を送っていたのかということ〉を全国に向けて話す機会を何度か作ってくださったり,研究会員に向けて義援金を募ってくださったりと,現地にいる我々にとって,とても力強い支援を頂いてきました。
そこで,「能登に来て自分の目で見てみたい」という中さんの希望を叶えるべく,能登現地巡りツアー計画を立てることにしました。珠洲市内では,まだ一般客の宿泊をやっている宿はほとんどないので,わたしの自宅に泊まって頂くことにしました。
8月24日(土)~25日(日)の両日,中さんと一緒に回りたいという地元のメンバー4名とともに,5人でツアーを行いました。
そのときのルートを参考にして,今回,令和6年能登半島地震の被害の様子を,地学的な視点も入れながら,見てみたわけです。
まとめるきっかけを作ってくださった中一夫さんには,感謝しています。

本ページは「珠洲市内編」です。「輪島市・志賀町編」もありますので,ご覧ください。

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