尾形正宏
本レポートは,2011年11月(2012年2月追記)にまとめたものです。いくつかの「質問」に答えていくことで,教員自身がこれまでに持っている「基礎・基本の捉え方」について考えてみるきっかけにして欲しいと思ってまとめました。
先日,町の理科部会で6年生「てこのはたらき」という単元の授業を参観しました。
その授業整理会の際に,わたしが何気なく思いついて話したことがあります。あとでちょっと気になったので,少し昔の教科書なども再度調べてみたことをまとめました。
また「全国学力調査は教科の基礎・基本を問う問題を出している」ということらしいですが,そもそもその「基礎・基本」をどう捉えていったらいいのかという問題提起のひとつでもあります。
「支点・力点・作用点」という言葉と「基礎・基本」
現行理科教科書(2011年)では
【質問1】
今年使用している教科書(2011年度)には「てこには,支点・力点・作用点がある」と書かれており,右のような絵が載せられています。
それでは,この<「支点・力点・作用点」という言葉を定着させること>は,科学教育の基礎・基本だと思いますか?
〈あなたの考え〉
ア 科学教育の基礎・基本である
イ 理科教育の基礎・基本である
ウ てこを利用するときの基礎・基本である
エ 基礎・基本とは言えない
もし,このレポートを複数人で見ているのであれば,ぜひ,みんなで話しあってみてください。上の教科書には「科学的な言葉」と赤文字で書かれているのですから,これらの「てこの3点」を覚えるのは基礎・基本なのでしょうか。
文學社編輯所編纂『新定理科書・巻三』(明治27年発行)では
【質問2】
下の文章は,文學社編輯所編纂『新定理科書・巻三』(明治27年発行)の「第四章諸道具類 第一節天秤」の部分を取りだしたものです。
31p~32pには,
「されば,天秤の棒には,之を支ふる所,重さの懸る所,及び此重さに打ち勝たんとする力の加はる所あるを知るべし。而して此等を各々,支點,重點及び力點と云ひ,此棒を槓杆と云ふ。」
の説明されています。
今の教科書と比べると,
支点=支点,力点=力点,作用点=重点
という違いがあるようです。
それでは,現在の教科書に出ている<「支点・力点・作用点」という言葉を定着させること>は,科学教育の基礎・基本だと思いますか?
〈あなたの考え〉
ア 科学教育の基礎・基本である
イ 理科教育の基礎・基本である
ウ てこを利用するときの基礎・基本である
エ 基礎・基本とは言えない
第四章 諸道具類 第一節 天秤
文部省著作『尋常小學理科書・第六學年兒童用』(明治44年発行)では
【質問3】
下の文章は,文部省著作『尋常小學理科書・第六學年兒童用』(明治44年発行)の「三十五 梃子」を取りだしたものです。この教科書は,いわゆる「国定教科書第1期」(明治41年4月~)のもので,この頃の小学校の理科は5,6年生にしかありませんでした。
この教科書には,梃子について,たったの5行しか書かれていません。
「棒の一點支へられ,ほかの二點に棒を互いに反對に廻さんとする力働くときは,此の棒を梃子(てこ)といふ。而して其の支へられたる點を支點といふ。梃子に働く二力は各力と其の働く點より支點までの距離との積互いに相等しければ釣合ふ。」
の説明されています。
今の教科書と比べると,「支点」という言葉は出て来ますが,ほかの力点・作用点などという言葉はありません。
もっともここでは,梃子を使った道具の話ではなく,「力のモーメント」の概念だけを述べています。
※力のモーメント=力の大きさ×支点からの距離
次の項目「三十六 天秤・桿秤」を見ても,支点しかでてきません。
それでは,現在の教科書に出ている<「支点・力点・作用点」という言葉を定着させること>は,科学教育の基礎・基本だと思いますか?
〈あなたの考え〉
ア 科学教育の基礎・基本である
イ 理科教育の基礎・基本である
ウ てこを利用するときの基礎・基本である
エ 基礎・基本とは言えない
「三十五 梃子」
「教師用」では
この教科書の指導用に「教師用」という本(今でいう「赤本」)も出ていました。『理科教育史資料5』(とうほう)から,その部分を抜粋します。「教師用」を見ると本教材は1時間扱いになっています。
梃子 要旨 梃子に就いて力の釣合を教へ其の応用を知らしむ。
『理科教育史資料5』(とうほう)
とあり,
概括 梃子に働く二力はその各々の力とその働く点より支点までの距離との積,互ひに相等しければ釣合ふ。
とありました。ここでも「支点」以外の言葉は出て来ていません。さらに最後にただし書きとして,
注意 梃子の二力の働く点を区別して力点・重点と称することあれども,何れも力の働く点なること同様なれば,この区別をなさずして教授するを可とす。
下線は引用者
とまで書いて,あえて,「支点・力点・重点」という言葉を持ち出す必要はないとも言っています。このように,教師用の解説文にも,「力点」「重点」という言葉はありませんでした。
文部省著作『尋常小學理科書・第六學年兒童用』(大正8年発行)では
【質問4】
下の文章は,文部省著作『尋常小學理科書・第六學年兒童用』(大正8年発行)の「三十六 梃子」を取りだしたものです。この教科書は,いわゆる「国定教科書第2期」のもので,この頃の小学校の理科も5,6年生にしかありませんでした。
この教科書には,てこについて,第1期のものよりくわしく説明されています。
「ぼうの一箇所が支へられ,他の二箇所に力が働きてぼうを互に反對の向に廻さんとするとき,此のぼうをてこといひ,其の支へられたる所を支點といふ。てこには,二力が支點の兩側に働くものと,支點の同じ側に働くものとあり。」
と説明されています。
今の教科書と比べると,「支点」という言葉は出て来ますが,第1期同様,力点・作用点などという言葉はありません。
ここでもまた,梃子を使った道具の話は最後の2行しかなく,「力のモーメント」の概念を中心に述べています。モーメントの説明の時には,「近き方の力の大きさ」「遠き方の力の大きさ」というように2つの力の働く場所を説明しています。
次の「三十七 はかり」を見ても,支点という言葉しかでてきません。
それでは,現在の教科書に出ている<「支点・力点・作用点」と言う言葉を定着させること>は,科学教育の基礎・基本だと思いますか?
〈あなたの考え〉
ア 科学教育の基礎・基本である
イ 理科教育の基礎・基本である
ウ てこを利用するときの基礎・基本である
エ 基礎・基本とは言えない
「三十六 てこ」
「国定教科書・第3期」の頃から小学校での理科は4年生からとなり,「てこ」の学習は6年生から5年生へと移動しました。しかし,その内容は,第2期の説明とほとんど変わりません。せいぜい,「距離」が「へだたり」ということばに変わっているくらいです。
※私の手元にあるのは第3期本(大正11年),第4期本(昭和13年)です。
文部省著作『第5学年用小学生の科学 機械や道具を使うとどんなに便利か』(昭和25年発行)
【質問5】
下の文章は,文部省著作『第5学年用小学生の科学 機械や道具を使うとどんなに便利か』(昭和25年発行)の「てこを使うとどんなに便利か」の一部を抜きだしたものです。
※この頃の教科書は,戦後の生活単元学習のころのもので,大変詳しい説明や生活との関連が書かれていて,教材研究の参考になります。
この教科書には,
「てこには,次の三つのたいせつなところがあります。
(イ)支点 てこをささえるところ。
(ロ)力点 てこに力をくわえるところ。
(ハ)作用点 てこが物に力をはたらかせるところ。」
と書かれていて,現在の教科書の説明とほぼ同じです。
それでは,現在の教科書に出ている<「支点・力点・作用点」と言う言葉を定着させること>は,科学教育の基礎・基本だと思いますか?
〈あなたの考え〉
ア 科学教育の基礎・基本である
イ 理科教育の基礎・基本である
ウ てこを利用するときの基礎・基本である
エ 基礎・基本とは言えない
「てこを使うとどんなに便利か」
文科省『小学校学習指導要領』では
【問題1】
今年度から「てこの学習」は6年生で学習することになりました。文科省の『小学校学習指導要領』にそう定められたからです。
それでは,この新『小学校学習指導要領』には,<てこについては「支点・力点・作用点」を教えなさい>というような言葉が入っていると思いますか?
〈予想〉
ア 三つの点ともその言葉が入っている
イ 「支点」だけ入っている
ウ すべて入っていない
エ その他
『小学校学習指導要領』には,「A 物質・エネルギー(3)てこの規則性」の項目があり,そこには以下のように書かれています。
A 物質・エネルギー(3)てこの規則性
てこを使い,力の加わる位置や大きさを変えて,てこの仕組みや働きを調べ,てこの規則性についての考えをもつことができるようにする。 ア 水平につり合った棒の支点から等距離に物をつるして棒が水平になったとき,物の重さは等しいこと。 イ 力を加える位置や力の大きさを変えると,てこを傾ける働きが変わり,てこがつり合うときにはそれらの間に規則性があること。 ウ 身の回りには,てこの規則性を利用した道具があること。
『小学校学習指導要領』より
これを見ると,「支点」という言葉は出てきますが,他の二点は出て来ません。
しかし,これで「力点・作用点はないのだ」と早合点してはいけないでしょう。この『指導要領』には各教科ごとに『解説書』というものも発行されていて,そこではさらに事細かに「指導上の留意すべき点」が書かれています。そこでその部分も読んでみることにしましょう。
「指導上の留意すべき点」『解説書』では
本内容は,第5学年「A(2)振り子の運動」の学習を踏まえて,「エネルギー」についての基本的な見方や概念を柱とした内容のうちの「エネルギーの見方」にかかわるものであり,中学校第1分野「(5)イ力学的エネルギー」の学習につながるものである。 ここでは,生活に見られるてこについて興味・関心をもって追究する活動を通して,てこの規則性について推論する能力を育てるとともに,それらについての理解を図り,てこの規則性についての見方や考え方をもつことができるようにすることがねらいである。
『理科編・小学校学習指導要領・解説』p58~59
ア 1カ所で支えて水平になった棒の支点から左右に等距離の位置に物をつり下げ,棒が水平になるかどうかを調べて,棒が水平になってつり合えば,両側の物の重さは等しいことを実験を通してとらえるようにする。
イ てこを用い物を動かすとき,動かす物の重さが同じでも,てこに加える力の位置を変えると物を動かす働きが変わる。また,同じ位置でも力の大きさを変えると物を動かす働きが変わる。これらのことから,力を加える位置や大きさを変えると,てこを傾ける働きが変わることをとらえるようにする。
このことを基にしながら,てこ実験器などを用いててこの両側におもりをつるし,おもりの重さやおもりの位置を変えて,てこのつり合いの条件を調べるようにする。その際,てこ実験器の左側のおもりの数と右側のおもりの数が異なっていてもつり合っている場合に,「左側の(力点にかかるおもりの重さ)×(支点から力点までの距離)=右側の(力点にかかるおもりの重さ)×(支点から力点までの距離)」という関係式が成立することをとらえるようにする。このことから,てこを傾ける働きの大きさが,(力点にかかるおもりの重さ)×(支点から力点までの距離)できまり,両側のてこを傾ける働きの大きさが等しいときにつり合うことをとらえるようにする。
ウ 小さな力で重い物を動かすなどのてこの働きといった視点で観察することにより,身の回りの様々な道具で,てこの規則性が利用されていることをとらえるようにする。
ここでの指導に当たっては,てこ実験器を使って行った実験の結果について,支点からの距離とおもりの重さの関係を表などに整理することを通して,てこの規則性をとらえるようにする。その際,算数科の反比例の学習と関連を図ることが考えられる。
『解説書』には,「支点」だけでなく「力点」という言葉も出てきます。てこ実験器などを用いて釣合いの学習をするとき,そのおもりのつるす場所を「力点」と呼んでいることがわかります。
しかし,「作用点」という言葉は出てきません。
【質問6】
それでは,現在の教科書に出ている<「支点・力点・作用点」という言葉を定着させること>は,科学教育の基礎・基本だと思いますか?
〈あなたの考え〉
ア 科学教育の基礎・基本である
イ 理科教育の基礎・基本である
ウ てこを利用するときの基礎・基本である
エ 基礎・基本とは言えない
オ 支点と力点だけは科学教育の基礎・基本である
補足:『小学校学習指導要領解説・理科編』(平成29年告示版)では
このレポートをまとめたのは2011年(平成23年)でした。その後『小学校学習指導要領』は,2017年(平成29年)に新しく告示されましたので,その『解説』も見ておきましょう。
そこには,前『指導要領』の解説(内容はほぼ同じだと思ってよい)に続いて,
日常生活との関連として,てこの規則性が利用されている様々な道具を調べる際には,「支点」,「力点」,「作用点」等の言葉を用いて説明したり,どのような便利さが得られるかについて話し合ったりするなど,道具の効果とてこの規則性とを関係付けて考えられるようにする。
平成29年告示『小学校学習指導要領解説・理科編』 81ぺ
と書かれていました。まるでここまでのわたしのレポートを知っているかのような「付け加え」となっていて,驚きました。これで,やっと,「支点」,「力点」,「作用点」等の言葉を用いて説明することは,少なくとも「理科教育の基礎・基本」と言えるのでしょうかね。
あれ,基礎・基本って誰が決めるのでしょうね。文科省でしょうか?
本資料は,まだ続きますので,最後までおつきあい下さい。
コメント
とてもすばらしい論文ですね。
教科書の梃子の学習は子どもの興味を失わせるにはぴったりです。
1点だけ訂正をお願いします。最後のリンク先がまちがっていてつながりません。「 )」が余分じゃないでしょうか。)を外してみたらうまくつながりました。
山岳渓流釣り師さん、いつも珠洲たのサイトを見ていただき、ありがとうございます。今回も、早速のコメント、ありがたいです。以前まとめた資料なんですが、サークル以外にはどこにも発表していないので、今回まとめてみました。リンク先の件、訂正しておきます。