たのしい毛筆〈自分の字で書く〉

国語

お薦めします…作業プラン「たのしい毛筆」

尾形正宏

〈たのしい毛筆〉への道

 2017年度は久しぶりに書写(5年生)を担当。数ある授業の中で,書写の時間は,わりと自由がきくのではないかと思います。そこで,以前,『たのしい授業』誌上で〈たのしい習字〉の取り組みが紹介されていたっけ…と本棚をさがすと,『たのしい授業プラン作文・毛筆』(仮説社,2011年)を発見。そこに紹介されていた松平久美子さんの「作業プラン〈たのしい毛筆〉への道」を参考に,「〈たのしい毛筆〉への道」に足を踏み入れてみることにしました。松平さんは,自分の実践を後押ししてくれた本として,進藤康太郎著『「自分の字」で書く』の内容も紹介していました。そこで,わたしもさっそく古本で手に入れて読んでみました。

進藤康太郎著『「自分の字」で書く』を読んで

 なかなかおもしろい内容でした。昔のいろんな有名人の書も紹介されてます。確かに,それぞれ個性のある毛筆の字を書いていて,「な~んだ,自分の字でいいじゃん!」って思います。
 「お手本とそっくりな字を書け!」といわれて数十年。大人になったら「二度と筆を持つまい」と思っている人がたくさんいます。この現状をなんとかしたい…そんな思いで書かれた本です
 著書は,「あとあと,マネしたいと思う字が出てきたらマネしようとすればいい。しかし,それまでは,自分の字でいいではないか」…そう言ってくれるので,とてもうれしいです。これまで敷居の高かった毛筆に対して「おれももう一度筆を持ってみようかな」という気分にさせてくれました。
 子どもたちに教えるときも,まずは,毛筆の楽しさ,筆で書くことの楽しさを体験してもらいたいと思います。
 本書は,そのためにも,役立つでしょう。

 と言うわけで,今年の毛筆指導の基本的な視点は「自分の字で書く」。もちろん,教科書に載っている「お手本の文字」も書いていきます。たのしい毛筆との2本立て。さてどうなるかな。

〈たのしい毛筆〉と〈教科書〉の2本立て

発泡スチロールトレイで自分のハンコ(落款)を作る

 まずは,家にあった「大人の書いた作品」(わたしのお袋は習字をやっている)を持っていき,赤いハンコの話をしました。「赤いハンコは,この作品はわたしの作品ですという印なんだよ~」。
 子どもたちは楽しんで作っていました。この落款があるかどうかで,作品の雰囲気は,全くちがいます。落款を押しただけで,なんか作品に高級感が生まれます。

「○」を書く

 毛筆の授業の2時間目。今回は,太筆で「○」を書いてもらいました。
 筆をゆっくり進めたり,早く進めたり,止まったり。少し水をつけて薄墨で書いたりしました。
 たかが○。されど○。
 最後に,1時間目に作った「落款」をポン!
 教室前ローカの壁にみんなの作品を飾ると,なかなかの掲示物になりました。子どもたちは,とても喜んで筆を進めていました。それが一番ですね。今までにない,掲示物になりました。

「教科書:平和」「山」「教科書:よもぎ」「日」「教科書:道」

 このあと,〈教科書の文字〉を2時間,〈たのしい毛筆〉を1時間というように,交互に授業を進めていきました。

「山」を書く

 「山」は,ネットで20種類くらいのいろんな「山」の字を集め,それをA4の用紙に拡大して印刷していきました。
 子どもたちは,その中から,お気に入りの「山の書体」を選んで真似をして書くのですが,これがまた,なかなかいいのです。
 子どもたちの中から,自然と,「あんたの山はうまいね」「これ,なんかいいね」「おもしろい字だね」と認め合っているのです。どの子の字も,味わい深い文字になりました。

「日」を書く

 「日」は,いくつかの例をプロジェクターに映し出して見ながら書いてもらいました。真似をすると言うよりも,自分のお日さまのイメージでお願いした感じです。
 掲示も,「山」は取り外さないで,各自が書いた「山」の近くに「日」を貼りました。
 山から朝日が昇るところに見えますか? あるいは,夕日が沈むところかな?

 こんなふうに,教科書どおりの授業もはさみながら,毛筆の授業をつづけました。
 すると,わたしの中に,ある手応えが感じられてきました。
 それは,「教科書どおりの文字の授業」に対する子どもたちの取り組む姿勢も前向きになっているのではないかということです。これは,わたしが持った感覚ですから,当の子どもたちがどう思っているのかは,聞いてみないと分かりません。ただ,どんなときも,真剣に取り組んでいる姿が,見ていてとても気持ちがいいので,わたし自身も毛筆の時間が楽しみになってきました。
 下の教室内掲示は,1学期の最後に,教科書の手本を見て書いた「道」です。
11名すべての作品です。この中には,左利きの子が右手で書いた文字もありますが,区別がつかないほどです。

子どもの評価と感想(1学期の習字をふり返って)

 1学期の最終日に,担任から少し時間をもらって「1学期の習字」についてふり返ってもらいました。

  毛筆では,〈自分の字で書く授業〉と〈教科書のお手本通りに書く授業〉の2本立てで行ってきました。
  あなたは,このような毛筆の授業についてどんな感想を持ちましたか。
  1学期をふり返って,感想を書いてください。

  質問1 授業は楽しかったですか?
   5 たいへん楽しかった
   4 楽しかった
   3 楽しくもつまらなくもなかった
   2 つまらなかった
   1 たいへんつまらなかった

  質問2 筆で字を書くことが好きになりましたか?
   5 たいへん好きになった
   4 好きになった
   3 今までと,余り変わらない
   2 嫌いになった
   1 たいへん嫌いになった

□To(楽しさ度…5,好きになった度…5)
 もっと字をきれいに書こうと思った。もっと2学期は,今までよりたのしくきれいに書こうと思った。とくに「辶」のところ。細かったり太くしたりすることが楽しかったから。
□Syu(5,5)
  いつもえんぴつできたなく書いてしまうけど,毛筆でとてもきれいな字で書けたので楽しかったです。字をくずしてかいたのも,はじめてだったけど,楽しく書けたのでよかったです。
□Da(5,5)
  日をくずして「○に・」みたいのを書くのがおもしろかった。教科書どおりに書くのも前よりきれいになって楽しかった。
□Ma(5,5)
 「山」という字をちがう形で書き「yama」や「ヤマ」(字体がないのでごめんなさい:編集者)というのになった。最初は「なんな,この字は!?」と思ったけど,自分で書いてみると,すっごくおもしろくて楽しかった。他にも「道」という字の「辶」のところが,苦手だったけど,けっこう得意になった。
□A(5,5)
 「山」などを自分でアレンジしてかいてみたり,お手本どおりにやったり,交替しながら,いろんな事が学べたから。
□To(5,5)
  筆を使って書くことがとてもたのしかったし,いろんな字を書くことができたので,とても楽しかったし,もっといろいろな字を書きたいなと思いました。
□Mo(5,5)
  変な「日」や「山」などを書いたりして,他は「よもぎ」や「平和」「道」なども書いて,いろんなやり方で習字をして楽しかった。水をうすめて書いたり,もっとうすめたりして楽しかったです。
□Ta(5,5)
  授業をして,「❍」とか「日」とか,きょうかしょにかいてなかったけど,楽しかった。いろんな書き方とか知れた。右手だったけど,きれいに書けた。
□Ka(5,5)
  自分の字で書く「日」「山」「❍」を書くのは,自分の中にあるインパクトを紙に映し出すのが楽しかったです。こういう字を書くのは授業の中で初めてだったけど,今までの習字の中では,5年生の授業が一番楽しいと思います。
 お手本をぴしっ!と書くのはいつも通りだったけど,最初にお手本をみないで書いて,自分の字とお手本の字はどこがちがうのかをさがせることができて,いろんなことを学べました。2学期も続けてください!!
□Chi(5,3)
 「平和」を書いたとき,出品作に選ばれてよかった。「道」はさいしょより下手になったし,Syuの方がきれいになったので,もっときれいに書きたかった。とめ,はね,はらいをきちんとしたいです。
□Tu(4,4)
  自分の字で書くのが楽しかった。おもしろかった。教科書のお手本通りに書いた字がきれいにできた(主に「道」)。自分の字で書いたのも好きになった。

 子どもたちは,この毛筆の授業を圧倒的に支持してくれたと言えます。
 しかも,わたしの感じたとおり,〈自分の字〉で書く授業だけではなく,教科書どおりの授業も楽しんでいるし,うまくなろうと思いながら取り組んでくれていることも分かります。これは,〈自分の字〉で書くという授業が,筆で書くことを好きにさせ,その効果が教科書の授業でも現れているからだと言えるでしょう。
 ちょうど,仮説実験授業を受けた子どもたちが,その授業を好きになることはもちろん,そのうち「理科の授業」そのものにも興味を示したり,仮説実験授業をしてくれる先生そのものを好きになったりすることと同じことだと思います。
 「楽しさは人を勤勉にする」という言葉を,どこかで聞いたことがあります。嬉々として毛筆に取り組む子どもたちを見ていると,改めて,この言葉が思い出されます。
 2学期もやってください…もちろん,やりますとも。(以上,1学期の区切りで書いたレポートより)

2学期と3学期にやったこと

「花」を書く…折り染め用紙に

 2学期に入ってからも,時々,いろいろな文字に挑戦してきてきました。
 最初は,「花」です。ネットで「花□毛筆」と探すと,様々な文字の「花」が出てきます。それを拡大コピーして数枚ずつ用意しておき,自分の折り染め用紙にあった「花」の文字を選んで書いてもらいました。できあがった作品はとてもきれいで,それこそ,教室が,廊下が,花盛りとなりました。素敵でしょ。

11人のクラス。上下にあるのは同じ子の作品。どちらを清書とするか…悩みます
ちなみに…「折り染め」の作り方については,たのしい授業編集委員会編著『ものづくりハンドブック』山本俊樹編著『みんなのおりぞめ』(いずれも仮説社)に詳しいです。これも子どもたちは大喜びする授業になります。わたしの定番ものづくりです。

「名前の漢字」を書く

「名前の文字」も『たのしい毛筆』で紹介されていたものです。今回も,前もって染めておいた折り染めの用紙を使いました(前出)。

 用意した文字ですが,最初は『五体字典』などを用いて拡大コピーしようと思っていたのですが,ネットで簡単に「篆書」を探すことのできるサイト(「文字拡大」https://moji.tekkai.com/)を見つけたので,そのサイトに掲載されていた文字を準備してあげました。名前に使われているすべての漢字が掲載されているわけではありませんので,もしもっと多くの文字が必要ならば「文字字典」を準備する必要があります。

干支毛筆…2018年は戌年

 このプランは『たのしい授業2018年1月号』(仮説社)に載っていました。なんと,私がやろうとしていたようなものでした。ちょうど新年だったのでよかったです。
 習字紙を4等分して,その紙に筆で文字や絵を書いてもらいます。
 文字も,絵も,見本(本誌に掲載)を渡しました。
 文字で1時間,で1時間,画用紙を選んでデザインを考えて貼るのに1時間かけました。ポイントは,薄墨も用意すること。これで一気に文字や絵に味が出ます(薄墨が醸しだす文字の雰囲気については,最初の「まる○」を書く実践のときに経験済みです)。1枚の紙に文字も絵も入れても可愛い。子どもにもらってこれも一緒に掲示しました。

 当時の5年生前ローカの掲示版は,ご覧のとおり。華やかな文字と,渋い文字が混在して,たのしい雰囲気を醸し出しています。なかなかいいでしょ。

卒業記念でも毛筆を活用

 翌年,偶然,わたしがこの学年を担当することになりました。
 卒業を前にして,毛筆に絡むことでは,3つのことに取り組みました。
 まず,スクールカウンセラーの先生に中学校へ行くときの希望と不安について話をしてもらったさいに,最後にいくつかの言葉を提示してくださいました。子どもたちはその中から「自分の気にいった言葉」を選んで真っ白な色紙に毛筆で書き写しました。卒業式当日には,その色紙に「似顔絵+卒業おめでとうの文字」が付け加えられて本人達の元に届きました(下の写真を見よ)。
 また,別の色紙(3つ折り,100均)には,「自分の好きな漢字一文字」を選んで毛筆で書いてもらい,それを手で破って真ん中の色紙に貼ってもらいました。見開きの方側には,卒業を前にして作った俳句を毛筆で書いたもの,もう片方には何枚かの写真を貼ってもらいました。

文字の大きさや位置も自分で決める
担任がカメラに収めようとすると…

 この3つの毛筆の作品(2枚の色紙)と,自分たちで作った珪藻土のコースター(珠洲市は珪藻土の埋蔵量日本一なのである),公民館の協力の下で卒業式前日に作成したフラワーアレンジメントを,保護者の待合室に設置して保護者に見てもらいました。


 こうして,最後まで,「自分の字で書いた毛筆」でオリジナルな作品を作ってきました。
 5年生の習字を担当したときには,まったく計画していないことでしたが,結果的には,なかなか筋の通った実践になったみたいです。
 子どもたちは,自分の文字で筆で書くことに全く抵抗がなくなりました。これが一番嬉しい。このまま毛筆を好きでいて欲しいな。

番外編(教師自身の変革編)

番外編1 子どもの俳句も〈自分の字〉と落款で

 本校では,わたしが来る前(当時わたしは本校4年め)から,全校で俳句づくりに取り組んでいます。
 わたしが来たころは,全校で俳句を書いているだけでしたが,そのうち学校長が,全校児童の作品を地元新聞社の「子ども俳句コーナー」に応募するようになりました。そこで選ばれた作品は,日曜の子ども版に掲載され,昨年度までは,その新聞記事が校内に張り出されたりしていました。
 この年,俳句担当になったわたしは,次のような提案をしました。

①学級で句会を開く(10分学習とかいうドリルの時間にやってもらう)。その時の資料はわたしが作る。学級でみんなから推薦された作品の作者は,わたしのところにきて,筆で短冊に自分の俳句を書く。
②新聞社に応募して選ばれた作品(新聞に掲載された作品)の作者には,同様に,色紙(しきし)に毛筆で俳句を書いてもらう。
③学校内のあちこちに俳句を掲示する。

 作品を短冊や色紙に書いてもらうのは,子どもたちの貴重な昼休み時間なのですが,選ばれたといううれしさもあって,よろこんで筆を持ってくれます。下の左の写真は,当時4年生だった児童の字です。薄墨のことを教えたら「カエルと水だから薄く書く」と言って,昼休み時間に書いていきました。何枚か練習した後での清書です。

 子どもの書いた毛筆文字で校内が飾り付けられることで,とても温かい雰囲気が出ています。保護者からも,いい感想を頂いています。

番外編2 わたしも〈自分の字〉で

凧に書いた「夢」

 本校では,校区内にある公民館主催の凧揚げ大会に,子どもたちが手作り凧を持って毎年参加しています。今年も,全校で凧の絵を書き,土曜日には希望者が竹をつけて凧に仕上げ,日曜日の大会に参加しました。

 教職員も凧を作るというので,私の所に「〈夢〉という字を筆で書いて」とお願いが来ました。なんで,私に毛筆の話か…というと,送別会で,送別の方のお名前を筆で書く係を2年間続けてやったからだと思います。でも,あれは,パソコンから出した文字を写しとって書いたもので,ちゃんと簡単な方法を使ったんです。
 でも,頼まれてしまったので,今回は,ネットで自分好みの「夢」の字を見つけて,それをマネすることにしました。ネットで探すとたくさんの「夢」が出てきました。その中で,私が気に入って,しかもマネして書けそうな字を大型モニター画面に映し出し,太筆で,一度だけ新聞紙の上で練習し,すぐに凧紙に書いてみました。これが,ま,なかなかの出来なんです。「自分の字でいいや」と開き直った途端に,毛筆に対する垣根がなくなって,自由な気持ちで書こくとができました。不思議だけど,本当です。
 「夢」は,他の職員の手で,なんとか大空に揚がることができました。めでたしめでたし。「自分の字でいいじゃないか」という呼びかけは,とても大切なことのように感じた体験でした。
 あとで聞いたところ,大会当日,「この字は誰が書いたのか」と本部テントで話題になっていたそうです。それほど,上手に見えたってことですからね。

畳一畳大の紙に書いた「無限大∞」

 その年の運動会テーマは,「○っ子パワー無限大」。
 そこで,運動会ラストの高学年ダンスのときに「無限大」という文字を掲げることにしました。
 この文字も太い筆を使って,一気に書いてみました。どうせ,遠くから見るだけだしね。だんだん自分の字に度胸がついている自分がいます。

 子どもを毛筆好きにさせ,教師にも筆を持つことの自信を与えてくれた松平久美子さんと進藤康太郎さんに感謝します!

2017/07/27 記
2022/07/01追記

蛇足:1 教科書の授業のすすめ方
  ①手本を見ずに「文字」を書く(名前は書かない)。
  ②それらをマグネットで黒板に貼る(黒板全面に,新聞紙をはっておく)。
  ③手本と見比べながら,どこがちがうか,話し合う。
  ④その中から形を整える上で大切なところ(ポイント)を選んで話し合う。すでにわりと達成されている作品には,赤のチョークで○をつけていく。
  ⑤そのポイントを何項目か自分で選んで,練習する。
  ⑥今日の清書をし,できた子から,①の作品の下に貼る。
  ⑦当然,みんなうまくなっているはずです。これがいいのです。
  ⑧2時間目は,ひたすら次のポイントの練習をして,清書をし,自分の落款を押してしておしまい。
○名前は,筆ペンでもよいことにしてあります。筆ペンの方がキレイに書けます。
○太筆は,穂の根本まですべておろしておきます。

蛇足:2 掲示物として
 毛筆作品の教室掲示を見ると,よく教師が朱墨で○をつけたり,コメントを書いたりしているのを見ることがあります。わたしは,そんなことをしません。そのまま掲示します。わたしが朱を入れるのは,1時間目に提出してもらった練習作品だけです。
 これは,確か新居信正先生から教えてもらって以降のことです。新居先生は「子どもの描いた絵にアカペンで○をつける教師はいないだろう」「習字も子どもの作品なのに,なぜ,平気でその上に○をつけたりするのだ」と言われたのです。それまで先輩教師の真似をしていて朱を入れていたわたしは,それ以来,子どもの清書作品には,なにもしないことにしました。

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