珠洲たの通信・2019年4月号

 「令和,令和!」と騒ぎまくる世の中。昭和から平成に変わるときには,こんなに騒々しくはなかった。それは昭和天皇が死去してからの急な改元だったから無理もないのだろう。が,それにしても,だ。〈時間〉というものを〈天皇という一個人〉の世代交代で支配するその仕組み自体がすでに民主的な国家の姿ではないとわたしは思う。そんな当たり前のことを,テレビで話題にすることさえなくなってしまった。これは驚くべきことだ。30年前には天皇が亡くなる日を「Xデー」などと言って,いろいろと話題にしていたのに,今回は本当に〈単なるお祭り騒ぎ〉でしかなかった。一体このあと日本はどこに向かおうとしているのだろうか。これまでの経緯を何も勉強しない若い世代が,元号というものに全く疑問をもつことなく過ごしていることに,わたしは,この国の行く末を危惧するのだ。おそらく世論調査をすれば「元号があるから日本なの」という人が多数を占めるのだろう。世論はそこまで来ている。
 さて,新しい年度が始まってはや1ヶ月半。現場ではあの悪名高き「指導主事訪問」が始まった。訪問を控えた学校では,その訪問日中心の勤務生活になっているようだ。だからもちろん,定時退校・働き方改革という文字は,指導主事訪問前の学校には全く関係がない。それにしても「(元同僚であった)指導主事に指摘されては恥だ」と言わんばかりの,徹底的に周到な準備でお迎えするというこの現状は,どう考えても変だ。これを改革する人が事務所長にならない限り,この状態は続くのでだろうと思う。だって,現場には自律した校長先生が一人もいなくなってしまったから。

■4月の例会の参加者(4名)
 M.S(S市O小中)  , M.K(N町O小) , T.N(S市T小) , M.O(S市T小) 

資料の紹介

1 「Crescent Moon~新米教師のたのしい授業レポ」 B5 2ぺ   T.N
 レポートの副題は変わらないのですが,タイトルが「New Moon]から「Crescent Moon」に変わりました。「Crescent Moon」というのは「三日月」という意味だそうです。「ちょっとだけ成長した月」という意味でつけたのでしょう。
 さて,最初は,私も絡んだ話=担任変更のことです。変更後の担当学年が,たとえ自分の最初の予想どおりだったとしても,一度指名を受けた学年が変更されるということを心の底から受け入れるのには,とても時間がかかります。4月1日の「担任発表」という大切なことを,深い考えもなしにしてしまう管理職には,もう呆れてしまいます。いろんな準備をしていたNさんもアタマの中を入れかえるのにけっこう時間がかかったようです(未だに「4月1日の職員室の席がよかった」と言っているくらいです(^^;;)
 それでも1年は始まります。昨年同様4年生の担任となったNさんは,出会いの授業に様々な楽しいネタをぶつけています。「読み聞かせ」も毎日しているようです。学級通信も昨年同様,楽しんで書いています。
 一方で,職員も入れ替わったりして,すべてが昨年度通りというわけにはいきません。特に,時間割が大きく変わったことで,昨年度と同様なリズムとはならないことにちょっと戸惑っているようです。でも,いろんな学校へ行くと,それこそいろんな時間割になります。どんな時間割になっても,そこに自分のリズムをあてはめていく,柔軟にその方法を考えていく,これこそ〈どっちに転んでもシメタ〉でしょうね。
 さっそくはじめた《もし原》の授業。みんな,けっこう授業を楽しんでいたのに,なんとなく反応の悪い子がいたのが気になった。そしてこともあろうに,その少数意見を真に受けて「それならやめておこう」と言ってしまったそうです。「押しつけはよくないし,やりたくない気持ちも尊重しなければ」と思ったからだとか。
 これって,私もやったことがあります。若いときにやっちゃいました。仮説実験授業の理論を勉強すると「押しつけはいけない」ということがとても身に染みて分かります。「教科書にあるから教える」なんて〈押しつけ〉の最たるものですからね。そこで,すべての〈押しつけ〉をやめようとしてしまうのです。でも…です。よく考えると,「授業を続けて」という子もいるわけです。ここで授業をやめてしまうと「続けて欲しい」という子の意見を無視する=〈押しつけ〉になるわけです。〈押しつけ〉というのは,このように簡単なものではありません。
 今回の場合は,この判断は教師の勇み足でしかなく,反応の悪い子だと思っていたのは教師の勝手な思い込みであり,まちがっていたようです。
 実は「授業書をやる」というのは教師からの立派な〈押しつけ〉です。でも,それを〈押しつけ〉と感じるかどうかは子どもが判断することです。楽しい授業だったら,子どもたちにとっては〈押しつけ〉とは感じないでしょう。もし,本当に「もうやりたくない」という子がいたら「もうしばらくつきあってね」と言いながら,「やりたい人たちの気持ち」も大切にして進めるといいでしょう。

2 「3年目の立ち位置」 B5   2ぺ   M.S
 レポートの前書きには,私がこの通信の前書きに書いたようなことが実際に行われている様子が…困ったもんだ。
 「言わなきゃ変わらない」…職員会議で入学式の体形を少し変えるように意見を言ったそうです。最初躊躇していた校長でしたが,結果的には保護者が満足する形(我が子の顔が見える)になったようです。「声にしないと変わらない」「意思表示をしていかないといけない」とSさん。自分の意見を言わない教員のなんと多いことか。なのに,担任の子どもたちには「自分の意見を発表しろ」と言っていることの大いなる矛盾。また,教務の業務改善についての意見を昨年度末に言っておいたところ,その当の教務に当たってしまい,結果として自分の仕事が昨年より改善されたというのもよかったです。今回の業務改善の提案は結果的に自分の仕事の負担を減らすのに繋がったわけですが,だれに返るか分かんないけど,よりよい分掌のしかたがあるのなら,提案して上げた方がいいですね。
 「入学式前に,ふりかけ」…『たのしい授業4月号』に掲載されていた「まほうのふりかけ」です。これって,低学年にピッタリですよね。暗示にかかりやすい…でも,高学年にも効きそうです。特に,低学年の子から「お兄ちゃん,魔法のふりかけをかけてもらうと緊張しなくなるよ」などと助言されれば,なんか,その気になりそう。緊張した顔が,「きんちょうしないふりかけかけるね~」と言っただけで,ニコッと笑顔になる…こんな技術がもっともっと広がればいいなあ。
 「ひらがなを教える順番・教え方」…そんな順番あるの?というなかれ。仮説実験授業研究会の会員には「ひらがなをいかに楽しく教えるか」ということを研究している人もいる。それを思い出したSさんは,全国の研究会の友達に助けを求める…するとあっという間に,メールに添付されて資料が送られてきたそうです。持つべきものは研究仲間。教科書の順番は当然無視。ゆっくりしっかり教えているそうです。
 現場には,思いどおりにならないことも多々あるけれども,子どもと向き合い,若者たちと向き合ってすごしている一教師の姿が見えるレポートでした。

3 「ブログ的気楽レポ2019年4月号」 A5 8ぺ     M.O
 「いよいよ最後の年が始まった」ということでレポートを書き始めました。担当した教科について,とりあえず,どんな風に授業を進めていくつもりかを教科ごとにまとめてみました。これらは,今現在の「つもり」であって,本当にこの通りに行くのかどうかは分かりません。十分自信のある教材ならいいのですが,私の力量に影響されるものもあるようですから。
 そんな中でも,特に4年生の社会科と音楽科は私にとってもユニークな存在です。だいたい4年生って,3・4年複式のときに1度担当したことがあるだけで,社会や音楽を担当したかどうかさえもまったく覚えていないのです。でも,35年以上も『たのしい授業』(仮説社)を読んできた私には,いろんなネタが頭に入っています。だから,それを使って組み替えればいいわけです。
 そしてあれから1ヶ月。どちらの教科も楽しくやれています。子どもたちの感想は聞いていないけど,おそらく楽しんでくれていると思います。
 あとは6年生社会。特に歴史の授業は久しぶりなのですが,ま,これも時代区分の押さえ方は分かっているし,あとは,1時間の授業を「問題解決型」でやったり「歴史新聞」を自習で作ったりと,変化のある授業で楽しくやっています。
 5,6年生の理科については「何をやらないか…」ということが大問題です。やりたいことがいっぱいあるからです。年間105時間じゃ全く足りません。あと20時間くらいくれないかなあ。とりあえず今年はジャガイモなんてやめよう。光合成の実験は,シロツメクサで十分だ! これで4時間くらいは浮く。

4 「たのしい教師一代記①片山津小学校編」 B5   12ぺ  M.O
 結果的に,今年度級外になったのですが,毎日のように組合の事務所に行っているので,なかなか自分の時間がありません。帰宅時間も,昨年度よりも1時間くらいは遅いかな。これも,定期大会が終われば少し軌道に乗ると思います。
 さて,最後の1年。感傷的になるかと言えば,どうもそんな感じはしません。やはり,毎日の仕事に追われているからでしょうね。そんな中で,自分の教師生活をまとめることをしようと思い,始めたのが「たのしい教師一代記」の連載です。
 今月は,私の教師生活が始まった片山津小で2年間のことをまとめてみました。当時を思い出すための資料は,自分の書いた「学級通信」です。
 42名の担任になった私は,4月から仮説実験授業やキミ子方式をやりまくっていたことが分かります。学年3クラスもあったのに,若者の好き勝手を許してくれていたようです。ありがたかったなあ。今なら,「教科書を使いなさい」「これはなぜやるのですか」「このやり方ではいけません」などと指導案の段階で訂正されるんだろうな。わたしを成長させてくれたのは,指導教員(そんな人はいかなった)でもなく,学校長(そんな人はいたけど指導法について言われたことは一度もなかった)でもなく,眼の前の子どもたちだったと思います。あの子達と,あの子達に繋がる保護者のおかげで,今の私の原型が作られているような気がしています。いやー,本当に楽しい2年間だったなあ。保護者からの圧倒的な支持は,何よりもわたしを勇気づけました。
 今後,続編を書くつもりですが,どの程度まとめられるかわかりません。中途半端に終わるかも…年度末には,ある程度まとめておきたいと思います。夏休みがあるな。
                   ☆
 ほかには『幼稚園』の付録「ガチャマシーン」の紹介(S)などもありました。ガチャの人気はすごいですね。このガチャは紙製ですが,ホンモノのガチャの中古なんかも割と安く手に入るようです。学級に1台置いておいて何かゲームの景品にでも使うとおもしろいかも。活用法を考えてみてください。

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