植物体細胞分裂の観察法(2008.8.21)

顕微鏡の写真 金沢大学連携ゼミ報告

2008年8月21日
ゼミ担当教授:矢倉公隆
報告:尾形正宏

植物体細胞分裂の観察法

 中学校理科・第2分野の「生物と細胞」にある「植物体細胞分裂」の観察は,なかなかうまくいかない指導法として有名です(右の写真は,教科書の一例)。
 教科書に書いてあるとおりにやってみるのだが,うまくいかないらしいのです。
 わたしは直接この実験をしたことはないのですが,中学校の理科教師はよくそういうことを言っています。
 どうも染色液に使う酢酸カーミン液(や酢酸オルセイン液)の部分が難しいらしい…これも聞いたことだけど。
 ゼミの矢倉教授は「この教科書の方法よりも確実で時間もかからない方法があるんです」とおしゃって紹介して下さったのが今回のゼミの内容です。
 矢倉先生によると,もとの出典は以下の通りだそうです。

東京書籍の教科書

〈参考文献
 (1)「体細胞分裂の観察を確実に行う簡易染色法と材料の条件」
    『遺伝』(54巻、6号、2000年6月) 半本秀博
 (2)「中学校における細胞分裂観察法の改良」
    -材料の保存と染色方法の工夫-
    『生物教育』(46巻、4号、2006年)米澤義彦 et.al

酢酸ダリアを用いた細胞分裂観察の簡便法

材料

 タマネギの根幹。または,脱脂綿の上にタマネギの種をまき,3日程度発芽させたものを使用。
 まず,この「タネをまく方法」というのがいいです。教科書に出ているように,タマネギを水栽培してその根っこを切り取るよりも,シャーレの中で発芽させた種子の方が便利です。さらに,根が約5mm~15mmの長さになったら,冷蔵庫に保管しておくと,1週間ぐらいは軽く持つといいます。これもまた,何クラスか授業をしなければならない中学校の場合は,保管が効くというのは便利だなあと思いました。
 実際,「冷蔵庫に入れてあった発芽した根」も顕微鏡で観察してみましたが,1週間くらいならじゅうぶん細胞分裂を観察することができました。今回の試料では10日ぐらいになると細胞分裂の様子が見えにくくなったようでしたが,これも「冷蔵の仕方がちょっと悪かったからだ」と先生はおっしゃっておられました。いずれにせよ,簡単に発芽させて観察できるというのはとてもいい方法です。

発芽したタマネギのタネ

試薬

ここからは,なぜこうするのかは,わからないけれど,こうすればいいのだそうです。こういうこともたまには必要。何でも疑問に思うと疲れるからね(^^ゞ

いろいろな試薬

①0.5%の「酢酸ダリア溶液」を作る。
0.5gのダリアバイオレットの粉末を,100mlの30%酢酸溶液に溶かしたもの。
・ダリアバイオレットは,市販で「4000~5000円/25g」らしい。
「ダリヤバイオレット」という薬品名は初めて聞きました。ネットで検索しても全く見つけられません。なんだなんだこれは…。今のところ疑問として残しておきます。
②1N塩酸をつくる。
濃塩酸を蒸留水で11倍に希釈すると約1Nの塩酸となるらしい。これは簡単。理科室にあるもんね!
③50%グリセリン溶液
保湿剤として利用します。これをつかってプレパラートを作ると1週間はもつらしいです。
④器具(なぜ,これらが必要なのかは,次の作成手順で説明します)
顕微鏡(100倍~600倍),ビーカー(500ml,1l),恒温槽,スライドガラス,カバーガラス,小型プラスチックカップ,濾紙,カミソリの刃,爪楊枝

プレパラートの作成手順

1) ビーカーに水を満たし,恒温槽で35度に保つ

 恒温槽がない場合は,大きな水槽か発泡スチロールのケースに入れ,なるべく保温性を高くして35度に保ちます。
 ここでも厳密に35度にしなくてもよいのです。33度~38度くらいまでの間ならあまり変わりません。こういういい加減さで実験・観察がOKであることは,授業に取り入れるときに大切な視点ですよね。だって,子どもたちが実験するときには,幅のある方がいいもの。
 こういう部分に<遊び>がないと,欲求不満が残る実験結果になるんだよなあ。

温度をほぼ一定に保つ
2) 小型プラスチックカップに,酢酸ダリア溶液と1Nの塩酸を7:3の割合で入れ,混合後,35度のお湯の入ったビーカーに浮かべる(1~2分)

○小型プラスチックカップ
 水に浮かぶもので底が平らで小さなものがよいでしょう。使う混合液が少しですむからです。
 教授は,100均に売っていたマヨネーズ入れのようなもの(右写真)を使っておられました。ま,何でもいいのです。水に浮かべるので,ひっくり返らなければいいんです。

○酢酸ダリヤ溶液と塩酸を7:3の割合で
 実験では,7:3の割合でまぜるときに,滴下で行ったので簡単でした。酢酸ダリアを7滴,塩酸を3滴落としただけです。これも,どちらかの液が1滴増えても大して問題ではないそうなので,子どもでも簡単にできると思います。
 混ぜた溶液は,このままでは保存が効かないらしい(実験したわけではないが)ので,その都度,子どもたちが自分でまぜる必要があります。

小型プラスチックカップ
全体を見渡したところ

3) 発芽したタマネギを種子ごと,酢酸ダリア溶液につけ5分間染色する(浮かべる)

○発芽したタマネギの種子
 先に述べたように,発芽したものを冷蔵庫に入れておいても10日間ぐらいは持つらしいです。
 実際,冷蔵庫で2週間保存した後で観察した写真を見せてもらったが,はっきりと細胞分裂の様子が写っていました。便利ですね。

○5分間染色する
 これもまた,5分間じゃなくてもいいです。3分~10分ぐらいの範囲なら,十分染色されて見やすい細胞になっています。何度も言いますが,このいい加減さが,学校現場にはピッタリなのです。
洗っています。

4) 染色後,種子を蒸留水(水道水でもいい)の入ったビーカーに移し2分以上洗う

 ピンセットでつまんでビーカーに入れます。水道水でもいいというのですから,これまたあまり緊張感がなくていいんです。なんと簡単なんでしょう。

真ん中にあるのが発芽したタマネギのタネ
5) 種子をスライドガラスの上に置き,根端から1mm程度を残すようにカミソリ刃で切除する

 実はこれが一番難しいです。だって,根っこの尖端がたったの1mmほどしかいらないのですから。ついつい3mmほど切ってしまいそうになります。あまり残すと,細胞が重なり合ってよく見えなくなるようです。
 ほんとに,「たったのこれだけでいいの?」と思うほど短く切った方がいいようです。
 写真には,その1mmに切断した根っこがピンセットのすぐソバにあるのですが,分からないでしょ。ま,それくらい小さいのです。

見えるかなあ,見えねえだろうなあ
6) 根端にグリセリン液を1,2滴落としカバーガラスを乗せる

 カバーガラスを乗せるときには気泡を入れないようにそっとななめにのせていきます。これは,ふつうのプレパラートをつくるときと同じです。

7) 爪楊枝で,根端の上をつつくようにたたき,組織を広げる

 つまようじのとがった方で,カバーガラスをそっとたたきます。

8) カバーガラスの上に濾紙をのせ,親指で強く押しつぶす

 カバーガラスを割らない程度にそっと押しつぶします。まあ,滅多に割れないでしょう。それよりも,カバーガラスが横ずれないように気をつけましょう。ずれてしまうと組織が重なって,観察しにくくなってしまいます。
 また,このとき,試料が1mmよりも大きいと,細胞組織が重なり合って,観察しにくくなるようです。

そっと押しつぶす

観察する

 顕微鏡で観察します。とくに注意事項はありません。一画面でいろいろな細胞分裂の様子が見える部分を選んでスケッチしましょう。
 ゼミの日には,顕微鏡の写真をデジカメで撮ってみました。何度か試みると,けっこういい写真が撮れました。下の写真は実際の写真を明るくしてあります。こんなことがワンタッチでできるのもデジカメとパソコンのおかげですよね。

デジカメで撮った写真


真ん中あたりを拡大すると

パソコンでトリミングした写真

分かりやすい方法を教えてあげたい

 それにしても,こんな簡単な方法があるのに,なぜ,見えにくい「酢酸カーミン液」を使わなければならないのでしょう? 
 わたしが,
「酢酸カーミン液をやめてこれでやればいいね。これは便利だよ。」
といったら,ある中学校の若い先生(ゼミ生)が,すかさず,
「でも,試験に酢酸カーミン液という名前がでるんですよ。だから教えておく必要があるんです。」
と返事を返してきました。「今日習ったものをすぐには使えないよ」という感じで…。
 しかし,染色液の名前がそんなに大切な知識なのでしょうか?

 その液の名前を問う試験というのは,一体何なのでしょう。「染色すること」は大切かも知れません(染色体というものもあるので)が,液の名前なんて忘れてもいいと思うのですが…。
 もしかしたら「石川県高校入試問題」にも出たことがあるのでしょうか?
 わたしは寡聞にして知りません(後で聞いたところ,入試にも着色液の名前を答える問題は出るようです。でも正解は「酢酸カーミン液(あるいは酢酸オルセイン液)だけとはかぎりませんよね)」。
 とにかく,見えにくい方法で時間をかけてやるよりも,見えやすくて時間もかからない方法があるのですから,教科書に囚われることなく取り入れるべきでしょう。現場から教科書の内容を変えることだってできるのです。

 ところで,教科書に出ている「酢酸カーミン液」について,指導要領ではどうなっているのでしょうか?
 ぼくは,その場では「そんなん,染色液の名前なんて指導要領にも出ていないだろう」って言ったのですが,さてどうでしょう。
 『中学校理科』の新学習指導要領を開いてみましょう。

(5) 生命の連続性

 身近な生物についての観察,実験を通して,生物の成長と殖え方,遺伝現象について理解させるとともに,生命の連続性について認識を深める。

ア 生物の成長と殖え方

(ア) 細胞分裂と生物の成長

 体細胞分裂の観察を行い,その過程を確かめるとともに,細胞の分裂を生物の成長と関連付けてとらえること。

 たったのこれだけ出ているだけです。別に「どんな薬品を使え」なんて出ていません。それともどっかに出ているのでしょうか? 教科書会社が,今までの通例で「酢酸カーミン液(酢酸オルセイン液)」にしているだけなのでしょうか? 多分そうなのだと思います。だって,「酢酸ダリア液」なんてネットにも載ってないような新しい情報ですから。ちなみに「酢酸カーミン溶液」ならネットの百科事典「ウィキペディア」にも載っています。
 いずれにせよ,子どもが分かりやすい方法を積極的に取り入れるような教師になりたいものです。
 入試のため,試験のためは,2の次でよいと思うのは,わたしだけかな?

 自分が「これはいい,子どもたちが喜ぶに違いない」と思っているのに,何か障害があって取り入れるのが難しいのなら,すぐにあきらめるのではなく,その障害を取り除くための努力をしなければなりません。それが主体的な教師の姿だと思うのですが,どうでしょうか。
 目先の教科書や試験などに振り回されて,挙げ句の果てに「理科嫌い」を大量につくっていたのでは,何のための教育なのでしょう?
 「いいモノがあったら後先見ずに飛びつく」というおっちょこちょいさも持ち合わせていないと,幅のある授業実践はできないと思います。

植物の「毛」の観察

 その他に,植物の「葉っぱの毛」を顕微鏡で見てみました。
 意外な姿に感動です。
 右の写真は,なんの植物だと思いますか? 
 これは,ある野菜の葉の裏の毛です。
 正解は…ナスです。
 植物の毛というものは
「表皮細胞単独あるいは複数で突起状の構造になったもの」
だそうです。
 この表皮組織は,外部環境と直接触れるために,独特の構造をもっていることが多いみたいです。
 それにしても,ナスの葉の毛が,こういう構造をしている必要は何なんでしょうかね。
 植物の世界も深いです。

ナスの葉の裏の毛

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