このページでは,能登半島で起きた地震…特に令和6年能登半島地震を中心に…に関してまとめられた著作物について紹介します。地方新聞社がまとめた写真記録集もあれば,地震体験をまとめた自費出版など,さまざまです。
掲載順は,発行日順(新しいものが上)となっています。
- 令和6年能登半島地震(2024年1月1日発生)関連図書
- 報道写真集
- 写真集
- 映画・映像
- 単行本(電子本含む)
- 真山仁著『ここにいるよ』
- 上田真由美著『能登半島地震 あのとき見た 星空の下で 復興へ向かう 5つの物語』
- 七沢潔著『原発をとめた人びと』
- 出島美弥子著『歌集:いのちの名―心の風景 心の音』
- 増山実著『われらみな,星の子どもたち』
- 常盤貴子著『小さな幸せで満たす日々』
- 古本ロゴス著『すずらへん』(自費出版)
- 自治体問題研究所/自治労連・地方自治問題研究機構編『検証と提言 能登半島地震』
- 森民夫編著『首長たちの戦いに学ぶ災害緊急対応100日の知恵』
- 加藤シゲアキ他9名著『あえのがたり』
- 石川県警察本部編『あの日から それぞれの思い~令和6年能登半島地震 災害警備活動記録』
- 藤井満著『能登のムラは死なない』
- 前口憲幸著『能登半島記(未完) ー被災記者が記録した300日の肉声と景色』
- 児玉一八著『能登と原発』
- まえだ永吉著『令和6年能登半島地震体験記』(Kindleのみ)
- 大間圭介編『ずっといっしょだよ』(限定出版)
- 鹿野桃香著『地震日記…能登半島地震発災から五日間の記録』
- 宅美克基著『令和6年1月1日発生 能登半島地震による隆起状況写真』
- 『検証 能登半島地震 首都直下・南海トラフ 巨大地震が今起こったら』
- 機関誌・学会誌など
- 季刊・月間・週刊誌
- 令和5年奥能登地震(2023年5月5日発生)関連図書
令和6年能登半島地震(2024年1月1日発生)関連図書
2024年1月1日16時10分,震源は珠洲市内で深さ16 km,地震の規模はМ7.6,輪島市と志賀町で最大震度7を観測。震度7が記録されたのは,2018年の北海道胆振東部地震以来観測史上7回目となる。
この地震により,家屋の倒壊,津波,火災,崖崩れ等により,たいへん甚大な被害がでた。関連死も増え続けている。(2025/02/22現在)
報道写真集
『特別報道写真集 2024.1.1 能登半島地震』
警察や消防、自治体職員の活動などを撮影した写真を、「倒壊」「火災」「津波」「爪痕」「孤立」「救援」「避難」「支援」の項目に分けて編集。
現地記者のコラムや、ゆかりの著名人のメッセージなど、新聞紙上の一部も再録。
下の北國新聞社の特集本と比較して,ページ数も少ないし,写真が中心となっている。
中日新聞社編集。2024年2月20日発行。A4版,64p。
『特別報道写真集 令和6年能登半島地震』


多くの報道写真に加え,各専門家による解説(右写真)も掲載している。
「断層はどう動いたのか」「地盤隆起のメカニズム」「倒壊家屋を分析する」「津波が高くなった要因」「液状化被害、なぜ甚大に」「断たれたライフライン」
今回の地震のメカニズムや被害の大きさについて少し詳しく知りたい人は,上に紹介した中日新聞社刊のものよりもお薦めだ。
北國新聞社刊。2024年2月15日発行。A4版,128p。
『特別報道写真集 令和6年奥能登豪雨』
北國新聞社刊。2024年10月21日発行。A4版,48pの写真集。
2024年9月21日~22日にかけて,奥能登を襲った豪雨は,9ヶ月前の地震で大きく傷ついていた地面をさらにえぐり取り,倒れかけていた住宅には泥が侵入し,地震でかろうじて無事だった家庭の生活をも破壊した。踏んだり蹴ったり殴ったり…自然からの猛威は〈贅沢はせず,静かに自然の恵みを頂きながら暮らしていた能登に住むわたしたち〉を容赦なくいじめたのだった。
豪雨災害の現状を前にして,みな,同じようなことを口にしていた…わたしたち,何か悪いことしたの? どうして…と。
今回の豪雨災害は,起きるべきして起きた2次災害でもある。
それが悲しい。
本書は能登半島地震の特集ではないが,地震による被害を放置したままだったからこそ大きくなった豪雨災害とも言えるので,ここで紹介することにした。
写真集
写真部FOCUS+浅田政志『写真集:能登,ひとおし。』

発行:自費出版
2025年9月13日
公式サイト(2025/12/30現在)
https://touchdesign.jp/noto-hitooshi/
シロウト写真家が撮影した「写真集」である。
残念ながら,一般書店には売っていないようだ。
もちろん,未だにAmazonでも見ていない(2025年11月19日現在)。
わたしは,地元珠洲市のいろは書店さんで手に入れた。
おそらく,今(2025年~2026年)なら能登の書店に行けば,見つけられるだろうと思う。
文と写真で綴る「地震後の能登の自然と人の風景」(文と写真の割合は,1:5くらいかな)。
写真部FOCUSから撮影に誘われて能登を訪れた浅田政志さん――映画『浅田家』の元になった写真家――の「おわりに」の言葉から引用する。
たった2日間の撮影旅でした。
それでも,ニュースやSNSを見ただけでは分からなかったことが,そこにはりました。
行くだけでも分かることも多いのですが,撮影をするともう少し深く知ることができる気がします。
シャッターをひとおしするたびに,笑顔の奥にある言葉では言い尽くせない苦労を知り。
シャッターをひとおしするたびに,能登の皆さんの家族を超えた関係性に心を打たれました。本書(ページ数はなし)より
渋谷敦志著・撮影『能登を、結ぶ。』
写真家は、東京在住の渋谷敦志さん。赤十字といっしょに発災直後から能登に入って写真を撮ったという。能登には、まったく縁のなかった渋谷さんが、なぜ、写真集を出すほどに能登にのめり込んだのか。それを理由を知るだけでも、能登の魅力を改めて知ると同時に、今後の復興への確かさに期待をもつことができることだろう。
わたしは、最初に、じっくりと写真だけを味わい、そのあと、もう一度最初から、巻末の「キャプション&フィールドノート」を参照しながら、写真をじっくりと見た。
珠洲市上戸町の坂本菜の花さんが紹介したというマハト・マガンジーの一言が、心に残る。
「あなたの行動がほとんど無意味であったとしても、それでもあなたはしなくてはならない。それは、世界を変えるためではなく、世界によって自分が変えられないようにするためである。」(本書142ぺ)
ステキな言葉だろう。自分が自分の大切にしてきたことを守るために、行動する!
わたしたちは、みな、ボ~ッと生きていると、社会の奔流にいとも簡単に流されてしまうのだから。
4000円以上するけど,自分の家に持っていたい。
映画・映像
映画『生きがい(IKIGAI)』
石川県能登の山奥。
土砂災害の被災現場で、崩壊した家の下から一人の男が救出された。
見守っていた人々から声をかけられるも、元教師で「黒鬼」と呼ばれる山本信三は鋭い眼光を残し、去っていく。
避難所になじむことができない黒鬼は、崩壊した自宅の一角で暮らし始める。
ある日、被災地ボランティアたちが黒鬼の自宅の片づけの手伝いに訪れた。
壊れていたり汚れて使えなくなったものを処分していくボランティアたちだったが、
あるものを捨てようとして激怒した黒鬼に追い出されてしまう。
ボランティアが捨てようとしたのは、黒鬼にとって、唯一の理解者であり、今は亡き妻の形見の茶碗だった。(公式サイトより)
この映画の凄いところは,能登半島地震で崩れた――解体する前の――――家で撮影を行ったということ。生々しさはこの上ない。
何度も珠洲を訪れ,被災者を励ましてくださってる常盤貴子さんも出てきます。
わたしは映画館で見たけど,まだDVDとしての販売はない(2025/12/30現在)。
映画上映では,『能登の声 The Voice of NOTO』という短編ドキュメンタリー映画とセットだった。
業務用DVDの貸し出しはこちらから。
https://www.business-dvd.jp/list-of-titles/9689
ドキュメンタリー映画『凪が灯るころ~奥能登,珠洲の記憶』

監督/撮影/編集 有馬尚史
撮影 山中将希
上映時間 87分
2024年
わたしがこの映画をはじめて見たのは2024年8月15日のラポルトすずでのこと。
2025年12月13日,珠洲市宝立町の本町ステーションで,昼夜2回の上映会があった。このときには,有馬尚史監督もこられていて,一緒に忘年会っぽいこともやった。
気さくなお兄さんだった。
実は,この映画は2023年5月5日の地震後の珠洲市の復興のようすを各地の祭りをとおして描くつもりだった。
しかし映画の完成間近,2024年1月1日に,珠洲市をさらに大きな地震が襲い,結局,2024年能登半島地震後の映像も収めたドキュメンタリーとなった。
この若い映画監督は,正月の地震当時は珠洲市にいて,わたしたちとともにあの大きな揺れを体験している。だから,地震発生時の映像は,たいへんなまなましかった。
映画には,ロケの日付や場所以外,解説などは一切入らない。
登場人物は,ほとんどが珠洲市民で,しかもインタビューだけではなく,集会場や祭りでの会話そのものを遠隔から取り上げているので,珠洲市民のわたしたちでさえ,話している内容を聞き取るのが難しい。
ましてや,珠洲市民以外の人たちがこの作品を見たら,何を言っているのかほとんど理解できないのではないか。テレビのような字幕もないし…。
しかし,それはそれで監督の編集方針なんだろうと思う。映像が持っている力から,言葉以上のものが伝わってくることもあるからだ。
単行本(電子本含む)
真山仁著『ここにいるよ』
教師を退職して10年以上経つ小野寺徹平は,かつての教え子・萌葱が若女将をつとめるえびす温泉郷――和倉温泉郷がモデル――旅館・翁木屋で,年末年始を迎えていた。小野寺とかつての教え子とその家族たちとの避難生活が始まる。
物語の小見出しを紹介すると,「おかしも」「きのどくな」「ととらく」「おそすぎ」「ぬしや」「あめあめふるな」,そして本書のタイトルである「ここにいるよ」となっている。
「おそすぎ」は,能登の復旧・復興のスピードが遅いことに対する言葉であり,わたしも地元民からも親戚からも聞いたことがある。とくに,奥能登住民じゃない人からの方が多かったような気がする。
物語に戻る。
ラポルトすずで開催された「珠洲市復興未来シンポジウムVOL.1」というシンポジウムに参加した地元(珠洲市出身で,発災後はえびす温泉の近くの小学校に通っている)の少女(小学5年)の言葉をとおして,「おそすぎ」に対する違和感が述べられる。その部分だけ紹介してもいいかな。
「先輩たちのお話を聞いて,私は胸が苦しくなりました。どうして能登の地震を他と比べるんですか。能登は能登で,ちゃんと頑張っていると思います」(本書,129ぺ)
このあと,引率者と少女は,少女の希望で珠洲市狼煙町にある禄剛埼灯台へと登る。わたし,この場面で,一番涙腺が緩んでしまった。
もっと詳しい紹介は,noteに書いたよ。
https://note.com/ogachan_noto/n/n23592ae4b495
上田真由美著『能登半島地震 あのとき見た 星空の下で 復興へ向かう 5つの物語』
1 with NOTO 能登の記者ノート
上田さんは,もちろん,毎日の新聞記事を書いているのだが,新聞で記事になったこと以外にも,朝日新聞社のデジタル連載企画「with NOTO 能登の記者ノート」にたくさんの日記を書いてきた。本書は,その「能登の記者ノート」を大幅に再編集し,まとめたものだという。
残念ながら,デジタル連載をすべて読むためには,有料の会員登録(朝日新聞)が必要だ。
2 5つの物語
本書に紹介されている〈5つの物語〉は,1度や2度の取材でできあがった〈物語〉ではない。それこそ,地域住民の中に入り,お互いに顔も名前も分かるようになるほどのお付き合いの中からできあがった〈物語〉ばかりだ。
収録されている〈5つの物語〉は以下のとおり。
第1章 能登半島の先端、100人のまちの作戦会議
第2章 二重被災のまち 唯一のスーパーと新たなラジオ局
第3章 映画「幻の光」の恩返し 届けた1万人の気持ち
第4章 能登の悲劇も、やさしさも 海色の列車の「語り部」
第5章 茅葺き屋根から結んだ内と外 未来を耕せ
第1章は,珠洲市狼煙町が舞台。地震前から狼煙町に住んでいるIターンの若い女性と地域住民たちとの交流が描かれる。
第2章は,輪島市町野町が舞台。「もとやスーパー」と災害FM「まちのラジオ」の物語。
第3章は,数十年前に撮影・上映された輪島市が舞台の映画『幻の光』に関わる人やロケ地を訪ね歩く物語。
第4章は,「のと鉄道」に乗りながら,乗客たちに震災体験を語る「語り部列車」を巡る物語。
第5章は,輪島市三井町にある茅葺庵周辺に集まってきたさまざまな人たちの連携の物語。
著者による〈5つの物語〉の簡単な紹介を転載しておく。
第1章では、能登半島の先端にある50世帯100人の小さなまちが経験した2024年元日の混乱と、その後1年以上にわたる住民たちの「復興会議」の歩みを描いた。第2章は、地震と豪雨で「二重被災」したまちを舞台に、再起の道を探るまち唯一のスーパーと、住民による住民のためのラジオ局を取り上げた。第3章は、元気だったころの輪島で撮られた映画を通した30年ごしの「恩返し」。第4章は、被災者自らが震災の記憶と教訓を語り継ぐ試み。 第5章では、震災をきっかけに生まれた交流と未来をつくる拠点について書いた。(本書「はじめに」6~7ぺ)
いずれの物語も,その物語の前提となる〈地域の歴史〉にも触れられており,これらの舞台について,まったくの初見の読者にもよくわかると思う。
そして,すべての物語がちゃんと未来を向いていることに勇気づけられた。
七沢潔著『原発をとめた人びと』
本書には,珠洲原発反対運動にかかわっていた知人・友人が多く出てくる。能登半島地震が起きた後でお会いした人もいれば,とんと,ご無沙汰の人もいる。塚本真如住職や井上夫妻には,お会いしていないなあ。
《Amazonの商品紹介より》
もしそこに原発が完成していたら――
2024年1月の能登半島地震で被災した珠洲市は、かつて原発の立地計画を住民運動が撤回させていた。原発が予定されていたのは、まさに震源地だった――。最悪の事態を防いでくれた先人たちの取り組みを再現する、現地取材によるドキュメント。反原発の住民運動が日本を救った!
「さすが,ジャーナリストだ」と思ったのは,当時,原発推進の旗頭であった上田幸雄元県議(自民党)と,〈住民合意ができていないから〉と推進にブレーキをかけてくれた谷本正憲まさのり前石川県知事へのインタビュー記事である。
特に,上田県議のインタビューが載っていたのには驚いた。91歳になったという上田県議は,どんな思いで当時の気持ちを語ってくれたのだろう。2011年の東日本大震災とそれによる福島原発事故,そして珠洲で起きた2024年正月の能登半島地震を体験し,いろいろと思うところがあったようだ。
というわけで,珠洲原発反対運動の項目だけではなく,能登半島地震の項目にも入れておいた。
出島美弥子著『歌集:いのちの名―心の風景 心の音』
珠洲市宝立町にある本町ステーションに積まれていた短歌集を借りてきた。
能登半島地震に関するものもあるけど,それよりも作者の,自然に対する優しさ,家族への愛が,素直に伝わってくる歌ばかり。
でもまあ,ここでは,能登半島地震をきっかけにしただろう短歌を3つ紹介しておく。
○さらう波 一瞬にして消え去りし すべて失い 涙にもならず
○能登をゆく 語り部列車 震災の 経緯あらわに 涙目で語る
○啓発す 命を守る 行動を いつからなった 物騒な世よ
最後に,子どもたちにとって〈こんな故郷の父母であり続けたいな〉と思った短歌。
○我が心 求めて止まぬ 優しき顔 ふるさと待ちて 足早に向かう
増山実著『われらみな,星の子どもたち』

2024年元日、能登半島に震度7の地震が襲った。大阪で暮らすホテルマン・星場恵介は、故郷で震災が起こったことを入院中の父に伝えた。能登半島で生まれ育った両親は戦後、若くして大阪に出、今は二人とも入院生活をしている。同じ病院にいながら会うことのできない両親を案ずる恵介に、父はこれまで語らなかったふるさとでの母との思い出、そして故郷を離れ波瀾万丈の人生を送った一族の話を語り始めた。心震える感動の家族物語。(Amazonの商品紹介文を転載)
発行:
祥伝社
2025年7月20日
A5版,336ぺ
1800円+税
能登生まれの両親を持つ星場恵介(大阪在住)の家族の物語。
能登半島地震をきっかけに,主人公・星場恵介が,両親の故郷である能登へ出向き,そこで両親や両親に繋がる人々の過去の記憶をたどりながら,自分の中にある命のつながりに気づいていく。
主人公の名字である星場がもとは「干場」という漢字であったらしいという話題も。確かに干場は,奥能登によくある名字である。わたしも珠洲市・能登町で複数の干場さんを知っている。
興味深いのは,本書タイトルにも主人公の名字にもある「星」にまつわる話題だ。
主人公は,2度にわたって,柳田植物公園内にある満天星を訪れ,プラネタリウムを鑑賞している。最初の日なんて,1日,すべての上映を見るという嵌まりようなのだ。このとき,星空について解説してくれるのは,宇佐美さんと佐藤さん。とくに宇佐美さんのことは,かなり正確に書かれていて,こんなに暴露していいんかい!
本書巻末には,もちろん「本書はフィクションです。登場する人物,組織,および団体は,実在するものといっさい関係ありません。」とは書かれているけれどもね(^^;)
この小説については,地元の新聞でも取り上げられていた。その記事を紹介しておこう。

わたしは,珠洲市の本屋さんで,発売前日にこの本を手に入れた。その後,上のような新聞記事が紹介されていた。実は,この記事が出る前に,満天星の知り合いに連絡を取り,小説の満天星の部分は全くのノンフィクションであることを確認したのであった。
常盤貴子著『小さな幸せで満たす日々』
能登が大好きな女優・常盤貴子さんの素直さが前面に出た,写真と文章によるエッセイ集。
本書は,能登の特集というわけではないけれども,能登の人・もの・ことを愛してくれる常盤さんの本なので,ここで紹介することにした。
収録されている写真の一部には,常盤さん自らが撮影したものもある。
「はじめに」で常盤さんは次のように書き始める。
日々の暮らしについてのあれこれを,改めて考えてみる。
一つ一つ,分解し,たぐりよせ,紡いでみたら,
私の今が見えてきた気がした。(本書2ぺ)
常盤さんの身の回りにあるお気に入りを紹介するだけの内容なのに,こんなにゆったりした気分になるのはなぜだろう。
考えてみると,大震災の中でよりよく生きるというのは,これまで自分のまわりにあった普通ーだと思っていたーことに対して,「一つ一つ,分解し,たぐりよせ,紡いでみる」作業が大切なのかも知れない。○○がわたしの近くにある必然。それに価値を見出すことが,前を向いて生きていく力になるのだと思う。
常盤さん,ステキなエッセイ集をありがとう。
ちなみに,本書は,珠洲市のいろは書店さんで,150冊近く売れたらしい。もちろん,わたしが購入したのも,サイン本です。
古本ロゴス著『すずらへん』(自費出版)
能登半島地震で被災した石川県珠洲市飯田町の古書店「古本(ふるほん)LOGOS」の女性店主,古本(ふるもと)ロゴスさん(61)=ペンネーム=が被災から1年あまりの日記をまとめた冊子「すずらへん」を自費出版した。「もっと過酷な状況の方はいるが、私のこの1年半を見てもらい、地震を振り返る手掛かりになれば」と話している。(谷口大河:『東京新聞』より)
副題は「令和6年能登半島地震私記」
古本さんの日記は,2023年12月の末日より始まる。
ここでは時間は円を描いて過ぎるようであった。毎年の季節の行事がその時までは生きていた,正月,節分,そしてさくらの咲くころに江堀。代掻きをして田植え,梅の実取り。悪霊払いに始まるという縁起の七夕からの祭り連,親戚一同が集まる墓参りとお盆。…中略…そして歳神を迎える正月が来て一年は円のように続いていた,あの日あの時が来るまでは。(本書1ぺ)
同じ珠洲市民でいながら,古本さんのことはまったく知らない。当然,話したこともない。どこで古本屋をやっているのかも知らない。
しかし,本好きの人らしく,日記に表れる文章は,なかなかどうして読み応えがある。ステキな表現がいっぱいある。「よく本を読んでいるんだろうな」と思わせる表現もあちこちに見られる。
例えば,1月28日(日)の二次批難を呼びかける行政に対して,次の用は表現が出てくる。
『チェルノブイリの祈り』に出て来るように,被爆した夫の側を離れようとしなかった妻の話,この人はもう人間のレベルではありえない放射線を浴びたのですよ,あなたが近づくことは危険です,と言われてもこれは私の夫なのです,どうしてそばにいてはいけないの?と訴える妻を愚かな,と言えるのだろうか?(本書14ペ)
わたしがnoteで書いてきた文章とは,まったく違う被災者の一面を読むことができて,興味深かった。
左画像よりリンクをはってあります。
珠洲市に来て下されば,「いろは書店」や「二三味珈琲店」にも置いてあります。
自治体問題研究所/自治労連・地方自治問題研究機構編『検証と提言 能登半島地震』
能登半島地震後の各種団体の行動について,どんなことが起きて,どんな対応がなされ,どんな対応がなされなかったのか。対応できたのはなぜか,対応が不十分だったのはなぜか。たいへん興味深く読ませてもらった。
本書の編者である自治体問題研究所については,はしがきに以下のような説明があった。
自治体問題研究所は、1995年1月に発災した阪神淡路大震災後、研究会を設置し、研究成果として『大震災と地方自治』を刊行した。また、2011年3月に発災した東日本大震災後にも研究会を設置し、『震災復興と自治体』を刊行した。今回の研究会も今までの研究会と同じように、さまざまな研究分野の研究者で構成し、 多角的な視点から分析したつもりである。(本書4ぺ)
内容は総論から各論まで多岐にわたり,鋭い分析と今後に向けての課題が示されている。
本書を読んでいて,これまでに発行されたという『大震災と地方自治』『震災復興と自治体』も読んでみたくなった。いったい,この30年で,大震災に対する備えや対応がどれほど進んできたのかが,知りたくなったから。
能登半島地震後に起きた台湾地震の際の「避難所」の映像を見て,日本の避難所との余りの違いに驚いた日本人が多かったに違いない。なぜ,そうなるのか。何処に元凶があるのか。本書は,その部分も明らかにしているが‥。
新自由主義という政策の下で失ってきたモノは余りにも大きく,そのツケが弱者にもろに跳ね返ってきたのが,能登半島地震の被災地の現状だったのかも知れない。
森民夫編著『首長たちの戦いに学ぶ災害緊急対応100日の知恵』
能登のことだけ書かれているわけではないが,一応,能登半島地震について書かれているから手に取った本なのでこのページに追加した。
最近,日本で起きた様々な自然災害に対して,当時の地元首長たちは,どんなことを考え,どのように行動してきたのか。その災害時の対応の成果と問題点が,ちゃんと引き継がれてきたのかどうか。
とても興味深い話が展開される。
現場にいたものだからコソの迷いだとか判断だとかが,思ったよりも赤裸々に語られており,読み応えのある文章が多かった。
ここでは,令和6年能登半島地震の際に,素早く動いて下さった岡山県総社市長の片岡聡一氏の寄稿文から,今後の地方自治体の課題を紹介する。
・受援力…支援を受ける力を各基礎自治体は鍛えておく必要がある。
・権力の複数構造は災害支援を遅らせる。有事の際に中心的な役割を持ち責任を持つのは当然基礎自治体,市である。
・テント村という災害支援方法が地震などを中心とした災害には有益である。
片岡市長は,自分が築いたネットワークをフルに使って,いち早く七尾市を支援した。本書には七尾市長の寄稿文も掲載されているので,説得力がある。
ちなみに,わが珠洲市の泉谷満寿裕市長の文章も掲載されている。
わたしも,今回の地震で自主避難所を運営する一員となり,つくづく感じたことがある。わたしと同様の思いを,編者の森民夫元長岡市長が次のような言葉で伝えてくれている。
市民が計画の予想を超えた行動をしたのは事実であるが,被災者にも意思があり,選択をする以上は,予想を超える事態は常にありうる。リーダーにはその心構えが必要である。しっかりした計画は常に必要だが,非常時には「臨機応変に対応すること」が,それ以上に重要であるということを,身に染みて学んだ。(本書61)
この臨機応変力こそ,リーダーのみではなく住民一人一人に必要な力なのだと思う。そのためには,周到な準備と共に,〈さまざまな出来事に対応できる力〉を養っておくことが大切なのだろう。それこそ,文科省が言ってきた〈生きる力〉なのだと思う。
加藤シゲアキ他9名著『あえのがたり』
本書の呼びかけ人は,「NEWS」のメンバーとして活躍しながら作家としても精力的な活動を続けている加藤シゲアキさん。
『あえのがたり』と題されたこの本の背表紙には,「能登半島応援チャリティ小説企画」とも書かれている。
短編を寄せてくださっているのは,以下の10人の作家たち。
加藤シゲアキ,朝井リョウ,今村昌弘,蝉谷めぐ実,荒木あかね,麻布競馬場,柚木麻子,小川哲,佐藤究,今村翔吾
要するに,この本の10名の著者たちは「能登半島応援」のために小説を書き下ろしてくれていて,本の売り上げ金も能登半島地震被災者への義援金にするというのである。
わたしにこの本が出版されることを教えてくれた方は,加藤シゲアキさんのファンだという。わたしは,そんなアイドルのことなんて全く知らなかったんだけど,能登半島地震に関係している本なので,さっそく,地元の本屋さん(いろは書店)で買ってきた。
この表紙の絵も,加藤シゲアキさんが書いたという。加藤さんは,いろは書店にも来ていったそうだ。書店の女将さんは,その時のビデオ(YouTube)も見せてくれた。
本書に書き下ろし小説を寄せてくれたのは,いずれもけっこう若い作家さん10名(1977年~1998年生まれ)。作家さんのうち,わたしがよく読んでいるのは,浅井リョウくんくらいだけどね。
ネタバレになったら困るので,小説の内容には踏み込まないが,何らかの形で「能登」「震災」「田舎」「僻地」とその未来像を予感させるようなものが取り込まれている気がした。
本書のタイトルである『あえのがたり』というのも,もともとは能登に伝わる田の神様の送迎行事「あえのこと」からきているのは想像できるだろう。
本書の付録には,加藤シゲアキ・小川哲・今村翔吾の3氏による特別鼎談の小冊子(『小説現代』2024年5,6月号に掲載されたもの)もついている。これもこれで読み応えあり。
石川県警察本部編『あの日から それぞれの思い~令和6年能登半島地震 災害警備活動記録』
免許更新手続きも終わった帰り際,受付の女性に,石川県警がまとめた〈警察官の目から見た能登半島地震の記録集〉の印刷物がないか,販売していないか,聞いてみた。
どうも一般向けの冊子にはしていないようだ(ただし,各警察署には冊子にしたものはあるらしい。だって,PDFを見れば,奥付に,印刷・製本:能登印刷株式会社って書いてあるし)。「ネットで読んでほしいそうです」と言われた。残念!
見開き2ページのPDFなので,スマホで読むのはまず無理。パソコンで見るしかない。一応,ダウンロードしてKindleには入れてあるのだが。220ページもあるので,印刷するのもたいへんだし。
一筋の光が差したのを覚えている。広域緊急援助隊が到着したときだ。1月2日午後、1 0 0名を超える部隊がヘリで珠洲に降り立つ。空色の広緊隊服の隊員は、戦隊もののヒーローにさえ見えた。今でも目に浮かぶ。翌3日、参集を阻まれていた署員10数名がヘリで署に到着する。うねる道路に車の底を擦りながら自力で参集した署員もいた。いつもの顔が揃っていく。少しずつ何かが進んでいった。
(「警察本部運転免許課長(当時:珠洲警察署長)警視 𠮷村修さんの日記」本書47pより)
このあと,電話がつながり,警備課長の大間さん(下記の手記『ずっといっしょだよ』の著者)と話したことが綴られていく。
藤井満著『能登のムラは死なない』
以前、輪島市で働いていたという朝日新聞記者が,約10年前の能登と能登半島地震後の能登を訪れたときのことを比較してまとめたものである。
ここに出てくる人の中には、わたしのよく知っている人もいるので、それだけで読んでみたくもなるというものだ。教師だったときの同僚、珠洲原発反対運動をいっしょに闘った人、柳田植物公園で「原爆の図」展を行ったときの主催者の一人(私もその一人)であったそば屋のお兄さん、金沢大学能登学舎に出入りしていたマイスター受講生たちなどなど。
みんな今でも能登で一生懸命生きようとしている。
ホント、勇気をもらえる人たちだ。
発行:農山漁村文化協会,2024年12月12日発売,A5版,228ページ。
前口憲幸著『能登半島記(未完) ー被災記者が記録した300日の肉声と景色』
本書は、北陸中日新聞社七尾支局の記者が「朝刊のコラムに書き綴ってきたものを10月分までまとめたもの」である。あくまでも被災者の視線で伝えようとしてくれている。〈「言葉にならない」という言葉〉が何度も出てくる。
震災後もけなげに生きていこうとする能登の人々のそのままを紹介してくれている。
「新聞のコラム」という限られたスペースのために、その文章には、時折,助詞などが省かれていて、なんだか外国人が単語を羅列して話している日本語のようにも感じる。
「未完」とあるのは、まだ、地震被害は終わっていないから。
多分、ずっと「未完」なのだろう。
発行:時事通信社,2024年12月18日,A5版,224ページ。
児玉一八著『能登と原発』
副題に「1.1地震が実証した30年来の提言の意味」とあるように,本書は,能登半島地震で明らかになった「地震大国日本は原発と共存できない」ということをしっかり伝えてくれる,理学ジャーナリストによる書き下ろし。
内容は,能登半島地震の概略,能登半島地震による志賀原発の被害,能登半島地震地震によって日本の原子力防災対策が無策だったという証明,よって志賀原発は廃炉にするしかないという結論。付録に志賀原発(開発当初は「能登原発」と呼んでいた)が建つまでの歴史,そして最後に「珠洲原発が建たなかった歴史」がまとめられている。
能登半島地震の概略については,本書で初めて知ったこと(例えば1799年の金沢地震)などもあり,とても勉強になった。
一方,志賀原発に関しては,まあ,マスコミの報道で知っていることが多かったが,さすがに,著者が直接参加した志賀原発側や石川県側との対話などの内容は興味深いものがあった。志賀原発の原子力防災計画で避難路になっている道を実際にすべて通ってみているのは立派。説得力がある。
残念だったのは,最後の珠洲原発に関する歴史のまとめ方。なんだか,中途半端。著者は珠洲原発反対運動にも参加していたらしいが…。住民運動のことが余り取り上げられていない。行政の資料と当時のマスコミ情報をあたっただけ(唯一,1990年に高屋と寺家の住民と会った話が出てくる)。あと,志賀原発差し止め訴訟についてもほとんど言及されていない。
一方,公共交通機関を保護しなかった石川県の態度に対する指摘は,鋭いと思う。石川県の南北格差が,長い間の石川中西県政の施策の結果だったと思うと,残念でならない。能登線がいまでも蛸島や輪島まで続いていたら,地震後の復旧にも大いに役立ったと思うのだが。〈公共物にはお金をかける〉という発想をもっと大切にしないと,田舎には人が住めなくなる。
費用対効果を言い過ぎること=新自由主義の結果が,日本のあちこちにある田舎の孤立を招いているに違いない。
まえだ永吉著『令和6年能登半島地震体験記』(Kindleのみ)
石川県七尾市在住の漫画家・まえだ永吉さんが書いたコミックエッセイ。2024年9月1日発行。143p。Kindleのみの提供のようだ。
著者の自宅は,2007年の能登半島地震でも大きな被害を受けていて,今回の地震の時には,1度目の揺れで外に逃げたという。
七尾市は,奥能登2市2町と比べて,被害も少なく,金沢にも近かったので,そんなに不便ではなかったと思っていたけれども,程度の差こそあれ,やはり,大変な日々を過ごしていたことが分かる。
地震後,前田家の家族は在宅避難をしながら,どうにか工夫をして暮らしていた。これは,わたしも同じ。在宅避難者の声は,なかなか聞こえずらいのも確かだ。
在宅避難者の声はなかなかメディアなどに上がってこないため,実際に触れる機会を得ることが難しいのです。本作品はまさに,多くの方にとって最も身近になるはずの,しかし外には出てこない,在宅避難者の叫びを知ることができる,大変貴重な資料なのです。(高荷智也著「解説」143ペ)
大間圭介編『ずっといっしょだよ』(限定出版)

本書の編集者は,大間圭介さん。大間さんは,元旦の能登半島地震で妻と子ども3人をいっぺんに失った。それどころか,当日,珠洲市仁江町妻の実家に集まっていた親族9名を失った。
大間さんは,親族から「亡くなった9人への思いを,親しくお付き合いしていた方々にしたためていただいてはどうか」と提案があったことを受け,何人かの方に執筆をお願いしてまとめたものである。執筆者,親友や恩師,近所の人や保育所の先生などさまざまで,文章を寄せられたどの方も「あなたとの出会いを宝物にして生きていきます。いつまでも傍にいると思っています」と書かれている。
読み進めるうちに,なぜか,自分の親友や恩師などの顔が浮かんできて仕方なかった。
なお,本書の巻末40pくらいは,写真集となっている。父親に宛てて書いた子どもたちの手紙が悲しさを増す。
なお本書の題字は長女の優香さんが書いた手紙の文字を組み合わせたもので,装丁画も優香さんが描いた絵である。
北國新聞社刊。2024年7月1日発行。A4版,186ぺ。
珠洲市民図書館の郷土史コーナーに置かれている。
追伸:大間圭介さんは,2024年10月27日の金沢マラソンで初マラソンに挑戦し見事完走したという記事が,翌日の新聞に載っていた。胸には家族の写真が…。
鹿野桃香著『地震日記…能登半島地震発災から五日間の記録』

発行:
自費出版
2024年5月
A5版,35ページ
著者の鹿野桃香さんは,奥能登国際芸術祭の世話をしてくださっているIターンの女性。12月31日夜から1月5日にかけての日記。
本文に出てくるパートナーや友だちの名前などは…一部,自分との関係が紹介されているものの…まるであだ名であり,ほんとにそのまま個人的な日記を読ませてもらっている感じがする。もちろん,こうして出版するにあたり,少しは「初めての読者」も意識して書き加えたりしているとは思うけれども,それでもなお,私的な日記感があり,臨場感もあって面白い。
元日,珠洲市にいたいろんな人が,いろんなその日暮らしをしていたはずだ。
どんな人もこうして自分の体験を残しておくことは大切だと思う。
能登半島地震が起きた夜から,なるべくリアルタイムでその日に起きていたことを残そうと,iPhoneのメモに記録をしていました。(「あとがき」34ぺ)
宅美克基著『令和6年1月1日発生 能登半島地震による隆起状況写真』

著者による自費出版。2024年4月発行。A4版,60pの冊子。「おわりに」から引用する。
私は,県職員時代に港湾・漁港・海岸など海に係る(ママ)仕事を多くさせていただきましたので…(中略)…ネットでは…(中略)…隆起前と対比した画像があまりないように感じましたので,隆起の状況を少しでも皆様に知っていただくことと記録として残しておくために,これまで自分で撮影した写真を抜粋して隆起前と隆起後の状況を整理しました。(本書60ぺ)
隆起後の状況ならいざ知らず,隆起前の写真をしっかり撮影している人はそんなにいないでしょう。そんな意味では,大変貴重な写真集となっています。
『検証 能登半島地震 首都直下・南海トラフ 巨大地震が今起こったら』
日経が総力を挙げてまとめた単行本。2024年4月4日発行。
地元新聞社(北國新聞,北陸中日新聞)が,早々に「記録写真集」を発行した出版物とは違い,各専門的な立場から,より深い記事がまとめられている。第1章~第5章までが能登半島地震について。
第6章は「次の巨大地震に備える」と題しての特集。第7章が「東日本大震災10年にみる課題」という特集。
特に,第7章の特集は,東日本大震災後の復旧・復興のあり方と,その課題が示されていて,これから復興に向けて動き出す能登半島の住民にとって,大変興味深い記事となっている。
日経BPの技術系デジタルメディア「日経クロステック」、建築専門誌「日経アーキテクチュア」、土木専門誌「日経コンストラクション」の専門記者約30人が,能登半島地震を徹底取材し,報じてきた記事を1冊にまとめ,緊急出版するものです。…中略…専門家や施設関係者への取材から見えてきた建築・土木の被災メカニズム,工場・通信インフラの復旧を阻んだ障壁など,建築・土木、自動車・電機、IT(情報技術)といった様々な視点から解説しています。
機関誌・学会誌など
全国日本学士会編『会誌 ACADEMIA №201 能登半島大震災から1年半を過ぎて~被災地の現状と復興への課題』

『会誌ACADEMIA』は,年5回各号約1千部,継続的に発行し,会員をはじめ関係者,関係機関,図書館,大学等に広く配布されています。
ということなので,図書館にでも当たってみて下さい。
金沢大学能登学舎1Fに常駐している自然共生室U先生に頂いた1冊。
様々な分野の専門家が,能登半島地震による影響と復興のあり方について提言している。
巻頭言「能登復興に向けた地元研究者の取組」を書かれたのは中村浩二金沢大学名誉教授。中村先生は,能登学舎設立にも大変ご尽力下さった方で,わたしが所属しているNPOとも深い関係のある方だ。
発行:全国日本学士会,2025年7月30日,B5版,95ページ
巻頭言「能登復興に向けた地元研究者の取組 いまこそ人材育成と交流・連携を」金沢大学名誉教授 中村浩二
「東日本大震災復興から能登震災復興へ」京都大学名誉教授、 舞根森里海研究所所長 田中克
「能登半島地震から1年半を迎えて一復興の現在地と課題―」北陸学院大学社会学部社会学科教授 田中純一
「地震と豪雨に揺れた能登農村の復興と課題」石川県立大学生物資源環境学部准教授 山下良平
「能登半島地震からの創造的復興 輪島塗産地再生への多角的アプローチ」富山大学学術研究部芸術文化学系准教授 安嶋是晴
「被災者兼支援者兼コーディネーターから見た被災地一公教育と社会の連携で支える能登の未来」一般社団法人能登里海教育研究所主幹研究員 浦田慎
「能登にクヌギの茶道用木炭の一大生産地つくりだすー地震・豪雨災害からの復興と、 限界集落における里山資源循環の試み―」株式会社ノトハハン(旧大野製炭工場)代表取締役 大野長一郎
「能登半島地震による河川と海岸における生態系への影響について」のと海洋ふれあいセンター主任技師 荒川裕亮
農政ジャーナリストの会編『日本農業の動き224 能登半島地震~復興への展望』
「農政ジャーナリストの会」と本シリーズについての解説を,Amazonの商品紹介のページから引用しておく。
農業関係の報道・解説・出版に携わるジャーナリストや研究者等、全国約300の会員からなる自主独立の組織。会員の情報交換の場とともに、調査や研究をすることによって国内外の農業情勢や問題点を正しく把握し、公正な報道、評論活動を行なうことをめざす。
年に4テーマを選び、専門家等を招いて研究会を開催。本シリーズはその記録である。
巻頭論文「大規模災害が加速する『地方消滅』と復興のかたち」での次の指摘は,まさにその通りだと思う。
○災害は時として地域の姿を根底から変えてしまう。そして,地域が抱える潜在的な課題をあぶり出す。(本書9ぺ)
○頻発する災害を「自分ごと」として捉え,かかわり合う機運が高まれば,創造的復興でも縮退型復興でもない真の人間の復興,あえて名付けるなら「共創的復興」の可能性が見えてくるのではないだろうか。(本書19ぺ)
元々過疎だったのだから,この際,もっと集約してしまえばいい,20年後に人がいなくなるところに水道なんて引き直すのはもったいない,なんて議論が,まことしやかに専門家という人たちの間でなされていたらしい。その一部は,新聞でも話題になったが,数年間の費用対効果しか考えない都会の専門家たちの意見に与することはできない。
本書に登場する筆者(報告者)たちは,過疎が進んでいる地区だからこその復興のあり方を模索しようとしてくれている。
ありがたい。
Amazonには丁寧な説明が出ている。久しぶりに評価5を付けた本。
[4本の報告と質疑が収められている]
「3.11の教訓から能登の復興を考える」(株式会社雨風太陽代表・高橋博之氏)
「災害復興から語る農山村再生~2004年新潟県中越沖地震の事例から~」(認定NPO法人ふるさと回帰支援センター副事務局長・稲垣文彦氏)
「珠洲市狼煙町の被災体験」(珠洲市特定地域づくり事業協同組合事務局・馬場千遥氏)
「能登半島地震から半年を経た『今』と奥能登農業の再生と復興に向けて」(能登農業協同組合[JAのと]代表理事組合長・藤田繁信氏)
季刊・月間・週刊誌
坂口歩発行『メディウム・創刊号』


第1号のテーマ HOME
COTENTS
・わたしと能登
・あの日からの1ヶ月
・家がゴミと呼ばれる?
・解体を待つ家
・家を建てるという葛藤
・notoより
・HOMEってなんだろう
新聞大20ページの作品。
作者の坂口歩さん(大学生)曰く。
この新聞には,当時のメディアでは取り上げられなかった感情や葛藤を,感覚的に、個人的な視点でまとめた新聞です。地震があったあの日からこれからのこと。
次に『北陸中日新聞』の記事を紹介したい。
避難所生活、解体決めた両親など取材能登半島地震から1年となるのを前に、実家の能登町白丸で被災した金沢美術工芸大4年の坂口歩(あゆみ)さん(22)が、個人の視点で震災からの1年を見つめた新聞「MEDIUM(メディウム、媒体) FOR NOTO」を制作した。テーマに掲げた「HOME」は、解体を決めた実家とともに、変わっていく生まれ育った「ホーム」としての能登への思いもこめた。各地の公民館や仮設住宅の集会所などに配り、「これを一つの例に、被災していない人も含めて、それぞれの『ホーム』を一緒に考えられたら」と話す。(松岡等)(https://www.chunichi.co.jp/article/1006087)
この新聞のことはネットで知ったのだが,その後,珠洲市民図書館にも『メディウム』が置かれていることに気づいた。また,いろは書店にも販売されていた。でも,わたしは,ネットのあるサイトから,支援金も含めて入金し,直接,歩さんから送って貰った。
そのサイトは,岩城慶太郎氏が副理事長を務めている「一般社団法人能登乃國百年之計」「”MEDIUM for NOTO” を応援してください」というものである。
残念ながら,この募集は2025年1月31日で終了している。目標金額50万円(ネクストゴール70万円)に対して,支援総額は,なんと87万9000円となっている。みんな,ありがとう!
この新聞の値段を決めるとき,歩さんが岩城氏といろいろ話し合ったことも同サイトで紹介されていた。ベテラン経営者と田舎のお嬢さんとの会話がたいへん面白い!
今後も続編があるようなので,みなさん,応援してください!
月刊『世界』2025年1月号
岩波書店,2024年12月6日発行,316ページ。
本書を手にしたのは、能登半島地震後の能登の書店のルポが出ていたから。
その内容はこれ。
・稲泉連著「能登の書店」(12~26ぺ)
取り上げられているのは,
穴水・コメリ書房,輪島・大下書店,珠洲(宝立町)・浅田書店,珠洲(飯田町)・いろは書店
である。
わたしはちゃんと地元の本屋さん(珠洲市飯田町のいろは書店)で買ったのだが、月刊『世界』をこの本屋さんで見たのは初めてかも…。大学生の頃は,わたし,よく読んでいた月刊誌なんだけどね。
いろは書店さん曰く…「『世界』は、市民図書館しか定期購読していません」だって。
珠洲市民にはなじみのない月刊誌が、こうして店頭に積まれているのはうれしい。写真に撮っておけばよかったな。
『地産地消文化情報誌 能登・2024春 №55』
地元の季刊誌『能登』は,これまでもいろいろな視点で能登の今を特集をしてきた。
下の新聞記事が伝えるように,今回の地震を受け休刊も覚悟していたらしいが,結果的にはとても内容のある,そして迫力のある一冊に仕上がった。
インタビューとして,平松良浩教授(地震学),青木賢人教授(自然地理学,いずれも金沢大学),鈴木康弘教授(変動地形科学,名古屋大学),「志賀原発を廃炉に!訴訟」北野進原告団長のものがあり,どれも専門的な話ながらわかりやすくまとめてくれている。
また,地元被災者の震災体験談が4件(輪島市2,珠洲市1,七尾市1)あるし,さらには特別リポートとして,NHK連続テレビ小説「まれ」チームのボランティア訪問記も,外部から訪れた人が見た被災地の状況を伝えるリポートとして,たいへん読み応えがある。
講演記録「創造的復興とは何か」(雄谷良成)も,今後の復興に向けて大変示唆に富む記事だ。
なお本書は,いつもの3倍売れ,初めての増刷をしたそうだ。
2024年5月20日刊。
こうした事業(引用者註:屋台村を作るなどの新しい取り組み)は現状バイアスから脱することで可能になる。いままでとは違ったやり方を強いられる状況だからこそ,能登半島で何らかの可能性を見つけ出すチャンスなので。安定したときには受け入れられなくても,ガラガラポンになっているときは外から人は入りやすいので,日頃は利用されにくい人材活用の機会となる。(本書,101ぺ)
能登半島を舞台にさまざまな人や店を紹介する年4回発行の季刊情報誌「能登」。石川県輪島市門前町に編集室を置くが,元日の能登半島地震で被災した。1,2年の休刊を覚悟したが、周囲に「こんなときだからこそ」と求められ、55号となる春の発刊にこぎつけた。思わぬ反響があった。(朝日新聞・2024/7/10の記事より)
月刊『創』
落合誓子氏の「能登半島の被災地・珠洲市瓦礫の中の秋祭り」(2p)を収録。
短い記事だが,珠洲原発反対運動の拠点だった蛸島住民の反骨精神についての祭りに絡めての分析が面白い。
能登半島地震とは関係ないけれども,「虎に翼」について語る弁護士たちの話をまとめた女性弁護士座談会「朝ドラ『虎に翼』と法曹界のジェンダー問題」は,朝ドラをずっと見ていただけに,たいへん興味深く読んだ。
巻頭にはグラビア「能登半島地震被災現場に広がっていた驚きの光景」。
編集長・篠田博之氏の「能登半島地震で建物全壊、されど書店の熱い思いは続く」では,珠洲市の「いろは書店」と輪島市の「大下書店」が取り上げられている。いろは書店さんへのインタビューも載っているのだが,その中で西尾維新原作・岩崎優次作画『暗号学園のいろは』という漫画があることを初めて知った。3月に出版された第6巻の巻末には地震前の「いろは書店」のイラストが掲載されているそうです。
また,落合誓子氏の「能登の状況は明日のあなたの街かもしれない」も地元の現状を伝える声として興味深い。中でも「あっても困るなくなっても寂しい瓦礫の山」「出るのも苦住むのも苦」なんかは,奥能登住民のだれもが一致する気持ちに違いない。
地元ルポライターの落合誓子氏の「能登半島地震の体験と珠洲原発の恐怖」が収録されている。
令和6年能登半島地震をきっかけに,以前,珠洲市民を2分していた珠洲原発建設計画についてスポットが当たり始めた。今回の地震では特に外浦の海岸線が大きく隆起したのだが,そこには珠洲原発建設予定地も含まれていた。
本ルポは,珠洲原発反対運動にも深く係わっていた落合氏が,改めて珠洲原発計画阻止の意義を噛みしめている文章である。
わたしは,今回の能登半島地震で,地震大国日本と原発は両立できないことがはっきりしたと思うのだが…なかなか世論はそうならないようだ。
週刊「エコノミスト」(毎日新聞出版)
能登半島地震の特集記事があるわけではありません。
「エコノミスト」誌上では,以前から「鎌田浩毅の役に立つ地学」という連載が続いているようです。
能登半島地震関連の記事としては,その連載の№171~№173に取り上げられています。
№171「能登半島地震 日本海側の対策も急務に」
№172「能登半島地震の想定外 「孤立」長期化で備蓄も見直し」
№173「日本の活断層② 日本海東線ひずみ集中帯 プレート衝突で能登半島地震も」
です。いずれも1~2ページ程度の短い記事ですが,専門家からから見たコンパクトな意見として読みやすかったです。
また,4/30・5/7合併号に掲載の№181では,台湾地震が取り上げられています。さらに,同じ号には,輪島の朝市を扱った絵本『あさいち』復刊のお知らせもありました。
令和5年奥能登地震(2023年5月5日発生)関連図書
北國新聞社『特別報道写真集 珠洲地震』
能登地方では,2020年12月から地震活動が活発になった。気象庁によると,2020年12月~2023年末までに最大震度1以上の地震を506回観測した。
2021年9月16日に発生したM5.1の地震では珠洲市で最大震度5弱,2022年6月19日に発生したM5.4の地震では珠洲市正院町で最大震度6弱,2023年5月5日に発生したM6.5の地震では珠洲市正院町で最大震度6強を観測した。
死者1名,負傷者48名,全壊家屋40件,半壊家屋311件,一部損壊3046件となった。

珠洲市の外浦沖を震源として起きた震度6強の大地震の写真記録集。
珠洲市は2020年12月ごろから,地震活動が活発化し,震度1以上の「群発地震」が起きていた。
本書には,地震当日の同新聞の号外や地震被害やボランティアの写真,そして珠洲市で続いていた群発地震のメカニズム(仮説)の解説などが収録されている。
本紙は今回の地震を「珠洲地震」と称しているが,石川県では「令和5年奥能登地震」と呼んでいるらしい。しらんけど。
この地震で終わりだと思っていたのだが…半年後にまた…。
2023年5月25日発行。A4版,64p。
追伸:気象庁は,2020年12月以降奥能登を中心に起きていたこれら一連の群発地震と,2024年1月1日に起きた地震を含めて「令和6年能登半島地震」と呼んでいる。
平成19年能登半島地震(2007年3月25日)関連図書
2007年3月25日午前9次42分頃,能登半島全域に被害をもたらした地震。輪島市・七尾市,穴水町で震度6強,能登町・中能登町・志賀町で震度6弱を記録した。地震の規模を示すマグニチュードは6.9。記録が残る過去300年間で県内最大級の地震だった。震源は,輪島市門前剱地から数㎞沖合。
死者1名,負傷者336名,住家全壊609棟,住家半壊1368棟,住家一部破損1万2326棟の被害が発生した。土砂災害は,天然ダム3件,地すべり10件,がけ崩れ51件が発生(内閣府)。
『特別報道写真集 能登半島地震(2007.3.25)』
能登半島北部での地震について,「地震動予測地図」によれば「今後30年以内に震度6弱以上の揺れに見舞われる確率」は0.1%未満と見積もられていたそうだ。5ランクの最下位に位置づけられていた。だからこそ,「想定外」となったとも言える。
この日,わたしは,娘の大学入学準備のため,東京のホームセンターにいたのだった。自宅に両親を残していたため心配していたのだが,近所の友だちが無事を知らせてくれた。
珠洲市内の被害は,それほどでもなかったが,正院町をはじめとして液状化現象も見受けられた場所もあった。
本書は,その殆どが災害やボランティア活動の写真集。巻末には,河野芳輝金沢大学名誉教授(地球物理学)の「2007能登半島地震 未知の断層が動き大災害に 政府の地震危険度情報に大きな疑問」という談話文が掲載されている。
北國新聞社刊。2007年4月12日発行。A4版,80p。
追伸:2024年の今,改めてこの河野教授の談話文を読むと,この警鐘が生きていたのかどうか…と思わざるを得ない。






























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