尾形正宏
2004.01.06
■すべては「落とし物」から始まった
「先生,うちの知り合いが山の中から変なものをひろって来たのですが…」という電話が学校にかかってきました。電話の先の声はPTA会長のKさん。
「たぶん気象観測の部品だと思います。」
とも付け加えておられました。こういうことにはすぐに飛びつくボクは,早速,その「気象観測の部品」とやらを持ってきて下さるようにお願いしたのは言うまでもありません。会長さんが持ってきて下さったものが右の写真です。
よく見ると,なにやら測定のためのセンサーが付いているようにも見えます。液体を染みこませた電池のようなものも見えます。左下の基盤には,アンテナのようなものも見えます。
一緒にひらって来て下さった発泡スチロールの箱には「お願い」として,次のように書いてありました。
「お願い」
1.これは,気象庁が上空の気象を観測するため,気球につけて飛揚した測器です。
2.既に観測は終了しました。お手数ですが,下記宛にご連絡下されば,回収いたします。
3.この測器はパラシュートでゆっくり降下しますが,万一家屋等に損害が生じた場合 は,下記にご連絡下さい。
思った通りです。そこで部品の役目についていろいろ予想を立てた後,さっそくフリーダイヤルしてみました。輪島測候所へ,です。「観測器は返して下さい」といわれたらどうしようか,なんて心配もしたのですが,大丈夫でした。拾った場所を聞かれただけでした。こちらからは,それぞれの部品やセンサーの役目を教えてもらいました(くわしくは後ほど紹介します)。
「電池は,既に力をなくしています」とのことで一安心。
■測候所からパンフレットが届く
そのうち,輪島測候所からこの気象観測器についての「説明パンフレット」が届きました。A3二つ折りカラー版4ページのパンフレットです。表紙には,『ラジオゾンデによる高層の気象観測』とあり,輪島測候所で,その「ラジオゾンデ」とやらをあげている写真も掲載されています。大きな風船に気象測定器をつけてあげているようです。
開いてみると「ラジオゾンデ」の説明が出ています
それによると「ラジオゾンデ」とは「上空の気象を調べる観測器で,大気を測定するセンサと測定値を地上に送信する発信器で出来てい」るそうです。それを「ゴム気球につるして飛ばすことで,上空の気温などを直接測」るのだそうです。
そして,気象庁はこのラジオゾンデを用いた高層気象観測を「全国18カ所の気象台や測候所,南極昭和基地などで,毎日決まった時刻に行っています。また,4隻の海洋気象観測船や気象研究所でもラジオゾンデによる高層気象観測を行ってい」るそうです。さらに「世界中約900カ所で同時刻に高層気象観測を行い,各国とデータ交換を行ってい」るといいますから驚きです。
そういえば,学生時代,先生から白地図を渡され,ラジオから流れてくる各地点の「天候や気圧,風向」などを素早く記入していき,最後に各地点を等圧線で結び,低気圧・高気圧・前線などを書き込むという作業をしたことが何度かあります。確かに,ああいうことが出来る為には,全世界で同時に気圧などを測定してないと行けません。当たり前のことでしたが,「なるほど」と思ったのでし
さて,このパンフレットには,このラジオゾンデのセンサの説明も出ていました。
輪島では2種類のラジオゾンデを揚げているようですが,ここにあるのは「RS2-91型レーウィンゾンデ」と呼ばれているものです。温度・湿度・気圧を測り,ゾンデそのものの場所を追跡することで風向・風力も測るようです。電池だと思っていたものはそのとおり,発信器だと思っていたのも予想通りでした。
パンフを増す刷りし,5年生の天気の単元で,このゾンデを紹介しました。
■輪島測候所へ
忘年会の席で決定!
さて,このラジオゾンデのことを実物を見せながら12月のサークルの例会兼忘年会で紹介したのですが,みなさん結構興味を持ってくれました。
そのうち
「私,松波小学校にいた頃,子ども達をつれて測候所へ見に行ったよ」
という方が出現。
「えっ,見学できるの? それならぜひみたい。」
「ついでだから,測候所そのものの見学もできればいいなあ。」
「こんな近くにあるのに,行ったことがないもんなあ。」
という話に発展し,とにかくボク一人でも行こうと測候所に連絡を取ってみることにしました。
家に帰ったボクは,さっそくホームページで電話番号を調べ,連絡してみました。測候所の方は,
「職員が対応できる日時ならいいですよ。」
と言ってくださいました。
「ゾンデは朝の8時30分と2時30分に揚げています。」
「それじゃ,1月5日(月)の午後に伺います。詳しくは,また後で連絡します。」
いざ測候所へ
新年になり,仕事始めの1月5日(月)。9時ごろに,もう一度少し詳しい打ち合わせのための電話を入れ,12時に小雨の中,珠洲を出発しました。4名が見学ツアーに参加しました。
輪島へ向かう途中,柳田村から「里」という村を通って行きました。その村は「日本の失われた風景・里山」ってな雰囲気がもろに出ているところで,田舎もんのボクたちでさえ,懐かしさを感じさせる風景でした。山道から名舟に抜け海岸沿いを走ります。右手には,七ツ島がとてもハッキリと見えまし七ツ島た。どの人も「こんなにきれいに七ツ島を見えたのは初めて」というくらいくっきりハッキリ見えていました。思わず千枚田で降りて,写真をパチリ。デジカメの3倍ズムームでは,これくらいのアップで精一杯。やはり見た目とちがう…。
昼食を食べ,約束の時間1時45分頃,輪島測候所のある輪島地方合同庁舎に到着。この庁舎の3,4階に測候所があります。
■高層気象観測
輪島測候所の業務は業務課・技術課・高層課に分かれています。明治29年に創立され,今まで100年以上にわたって観測業務を行ってきました。
ボクたちは,まず,空に揚げるラジオゾンデについて,お話をお聞きしました。
Ⅰ.気象測定器について
①ラジオゾンデについて
輪島で放球(ラジオゾンデを揚げること)しているのは,一日に4回。
午後2時30分と午前2時30分には,W92型レーウィン(約150g)。これは「風向・風速・気圧」を測定する。また,午前8時30分と午後8時30分には,RS2-91型レーウィンゾンデ(約270g)を揚げる。これはW92型に加え「気温,湿度」も測る。宝立小に届いたものは後者のもの。ボクたちが実際に放球するのを見たのは,前者の方というわけです(前ページ写真のもの)。
②電池について
測定装置には,液体をしみこませた電池がついています。初めて見たとき,「これは電池を発明したボルタの電池のようだ」と思いました。ボルタの電池というのは,「2種類の金属板を交互に重ね,電解液をしみこませた布をその間にはさむ」という方法で電圧を作り出すものです。
実際,この測定器用の電池も「注水電池」と呼ばれています。「乾電池」ではなく「水電池」というわけです。
これは,脱脂綿を塩化第一鉄板(陽極)とマグネシウム板(陰極)に挟み,脱脂綿に注水すると電圧が発生する仕組みだそうです。注水する液の名前は聞くの忘れました。電池の寿命は数時間で,風船が割れて落ちてきた頃には,電池の力はないそうです。写真は,2時30分に揚げる測定器用の電池を充電しているところです。下の機械は,RS2-91型レーウィンゾンデ用の電池の充電器です。
③気球について
送られてきたパンフレットによると気球は,上空で直径8m近くにふくらみ,破裂するそうです。実際に見せてもらったのが,写真のもの。左側がRS2-91型用の大きな気球,右側がW92型用の小さな気球です。この小さな方は,仮説実験授業の<地球>や<食べものとうんこ><ゴミと環境>などで「1000万分の1」の地球として登場するものと同じでした。材質は天然ゴム。
ボクたちが見せてもらったのは,この小さな方の気球に1400gが持ち上がるくらいに水素を詰め込むところです。天候の悪いときや風が強いときには,もう少し多くの量の水素を詰め込み,低空で障害物にぶつからないように,レーダーがゾンデを見失わないようにしているということです。
それでは,なぜヘリウムじゃなく水素を詰め込んでいるのだと思いますか?
確かに水素が一番軽い気体なのですが,ヒンデンブルグ号の事故を思い出すと,なるべく使わない方がいいように思うのですが…。お祭りの風船の中に入っているのは,みんなヘリウムですよね。で,気になって聞いてみました。答えは簡単。水素の方が安いからだそうです。自衛隊や船の上から放球する際には,ヘリウムを使っていると言うことでした。教室実験用のボンベは,水素の方が高いのに…。
④パラシュート
気球と測定器の途中にパラシュートをつけ,気球が破裂したあと,パラシュートが開いてゆっくりと測定器が落ちてくる仕組みになっています。輪島で飛揚されたラジオゾンデのほとんどは,上空のジェット気流に乗って海洋上に着水しますが,一部は陸上に着地することもあるのそうです。
「宝立小学校に届いたゾンデのように,測候所に拾いましたと電話が
かかってくることはどれくらいありますか?」
とお聞きしたところ,
「だいたい月に5件くらい連絡があります。群馬や新潟などからもあったことがあります。」
とのことでした。ずいぶん遠くまで飛んでいくんだなあと思いました。群馬は,輪島から見ると,丁度南西の方角です。
やはり上空には偏西風が吹いているのだろうという確信が持てました。
Ⅱ.いよいよ放球
いよいよレーウィンゾンデの放球です。まるで子どものようにウキウキします。
①ここが放球場所です。
人間の立つ場所に「×」印をつけてあります。向こうに見える建物の3,4階に測候所があります。この建物の右上のまるい半球状のものの中にレーダーが入っており,今はこちらを向いています。このレーダーが測定器を追跡するわけです。気球が余りにも急に風に流されたりすると追跡できなくなるので,注意が必要なようです。百葉箱の左手前,中央に見える白い柱についているスピーカーから「時間=放球の指令」が来ます。
②×印の前の倉庫のシャッターを空けると,がらんどうになっています。
ここで,気球に水素を詰める作業をします。詰める量は,何グラムのおもりが持ち上がるかで判断します。だんだんふくらんで直径が1mを過ぎるころになると,さすがにこわくなってきます。子ども達に見せれば大騒ぎするだろうなあと思いながら見ていました。水素ボンベは5mほど離れた「火気厳禁の倉庫」の中にたくさんありました。
風船がふくらんだら,落下傘をつけます。この日は晴れていたので紙製の落下傘をつけていました。
③いよいよ放球です。
この写真は,倉庫を背にして取りました。手を離すと思ったよりも速いスピードで上空に昇っていきます。ビデオも撮っていましたが,一瞬見失ってし上昇するゾンデまいました。それくらい上昇するのが速かったです。しかし,結構長い間肉眼で見えました。
Ⅲ.測定値の処理
ラジオゾンデから送られてくる位置情報や測定値は,パソコンで瞬時に処理され,ディスプレイ上にグラフで表れてきます。これはさすがです。この時に揚げたものは,「風向・風圧・気圧」の3つを測るだけです。
ディスプレイ上では,下が地上,上が上空
十字印の中心が測候所の位置
■地上気象観測
Ⅰ.輪島測候所・ホームページの解説より
地上からさまざまな気象現象を人間や機械(測器)などを通じて観察して記録します。観測の種類には風向・風速,気温,湿度,気圧,降水量,積雪及び降雪の深さ,日射量,日照時間,雲(雲量,雲形,雲の向き,雲の高さ,雲の状態),視程(見通しのきく距離),天気などがあります。
風向・風速,気温,湿度,気圧,降水量,積雪の深さ, 日射量,日照時間は機械で観測しています。また,輪島測候所では1日7回(3時,6時,9時,12時,15時,18時,21時) 雲,視程,天気などを人が観測しています。
Ⅱ.いろいろな測定器
測候所の露場と建物の屋上には,いろいろな測定器が並べられています。簡単な説明はホームページに紹介されています。下の全体の写真もHPから引用しました。今は,ちょっと景色が変わっています。
①電気式温度計,電気式湿度計
真ん中奥に見えるものが,電気式温度計・電気式湿度計です。温度計の方は-50℃から50℃まで測定できるそうです。ご覧のように,金属製の2重の筒の中に,温度計と湿度計が入っています。上の部分にはファンが回っており,下から空気が入って流れるようになっています。センサーの高さはちゃんと150㎝でした。
②超音波式積雪計
中央手前に見える柱の部分についているのが積雪計です。測定範囲は,0㎝から270㎝までです。右の写真の鉄棒上のらっぱ型の部分から超音波が出ていて,その反射で,積雪量を自動的に計測します。だから,このらっぱの下に人などが近づくと,測定が狂うことになるので注意しましょうとのことでした。草が生えてきても値が変わるので,困るそうです。なるほど…手前の白い柱は,目盛りが書かれているふつうの積雪計です。
③感雨計
奥の左から2台目の測定器が,感雨計といいます。直径10㎝くらい天板のところに,金属線が走っていて,少しでも雨が降ると電流が流れて,雨の降り始めを感知します。雨が降っていない時は,緩やかなヒーターで霧等の感知を防ぐようにし,降雨時には強力ヒーターで素早く乾くようになっています。機器の回りには,鳥が止まらないように15㎝くらいの針金が4本立っていました。
④転倒ます型雨量計
降水量を測る計器です。この仕組みが秀逸です。右の写真がその拡大図です。直径20cmの円筒形のケースに写真のものが入っています。
しくみは,こうです。
まず,直径20㎝くらいの面積に降り注いだ雨水は,漏斗(濾水器)を通って転倒ますに入ってきます。この転倒ますは2つの部分に分かれており,ちょうどシーソーのようになっています。一方のますに雨水が溜まって一定量(雨量にして0.5mm相当)になると転倒して排水され,続いて他方のますに注水されます。ギッタンバッタンとなるわけです。転倒ますが倒れるたびに信号が発生する仕組みになっていて,この信号を数えることにより雨量を観測する仕組みです。
この日は,実際にその部分を取り出して水を流して見せて頂きました。
⑤生物季節観測
露場の柵のとなりに,植物名の書かれた札が立っていました。ここには,何種類かの植物(草や木)が植えられており,その植物の開花の日などを観測しています。
動物(鳥や昆虫)などをその年で始めてみたり,鳴き声を聞いた日や,植物の開花・落葉した日を観測することで,わたしたちの生活情報に役立てているそうです。表には「ほたる」や「エンマコオロギ」などが出ていましたが,みんな職員の方が聞いたり見たりしたことを基準にするそうです。表の一番下には「もず」生物観察と書いてあります。しかし,最近は観測をしていないそうです。日本全体で観測できる動物達が少なくなってきているそうです。こういうところにも,環境破壊の影響が出ているのでしょうね。
また,測候所には柿の木などもあるそうですが,「輪島の桜の開花」を調べる「桜の木」は,ここにはなく,一本松公園の中にある「ある1本の木」だそうです。「どの木か,印が付いていますか」と聞きましたが,「いたずらされると困るので…」という回答でした。なるほど…。
⑥放射能測定器
いくつかの測候所にしかないのが,3台の放射能測定器です。百葉箱と温度・湿度計の間にあるのが,いわゆるモニタリングポストです。原発のある地域には,あちこちにたくさんあります。
また,降水放射能の観測をする大型水盤や降水採種装置などもあります。これらは,雨水をためておいて,空気中の塵の中に放射性物質が含まれていないかどうかを調べるものだそうです。ボクたちが子どものころは,大気中の核実験などが行われていたので,おそらくそういうときに力を発揮するのだと思います。
⑦全天日射計,直達日射計
屋上には,二つの日射計がありあます。全天日射計は「天空の全方向から入射する全ての日射」を観測します。直達日射計は,「雲などに遮られることなく太陽から直接地上に到達する日射」を観測します。
⑧風車型風向風速計
屋上には測風塔があります。風車型風向風速計は,全方位(これは当たり前),瞬間風速0.5~90m/sまで測定することが出来るそうです。風速90m/sってどんな風?
■さいごに
今回の見学はとても有意義なものでした。たった4名の見学者にも,大変丁寧に答えてくださった職員の方々に頭が下がります。当初予定していた時間を大幅に上回りましたが,次から次と質問が浮かんできて,それを口走る私たちに対して,とても分かりやすく答えてくださいました。
ここに書きませんでしたが,まだまだたくさんの機器についても教えて頂きました。また,観天望気や天気俚諺についても
「簡単には真だとか偽だとか言えない」
という話もお聞きしました。さらには,天気予報を出している仕組みについてもお話をお聞きしました。テレビの天気図は,日本国の回りしか出ていませんが,天気予報というのは地球規模の天気図を見て予想していることも,改めて感じさせられました。
全部はまとめられませんでしたが,本当にありがとうございました。
今回の見学をキッカケにして,今まで以上に興味を持って,天気予報や天気図をみることができると思います。
さいごに,輪島測候所のホームページから気象庁の電子閲覧室というHPの存在を知り,そこから,簡単に各地のいろいろな観測データーを手に入れることが出来ることが分かりました。これは,すごく便利そうです。今後,どんな利用方法がありそうか,みんなで考えていきましょう。
追記:「電子閲覧室」は「気象統計情報」として引き継がれています。(2010/03/01現在)
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