「学級通信・14の瞳」(小学34年生複式学級,1997年度)より
編集(再編集):尾形正宏
『学級通信:遠足編(第1号)』
ぬっはっはっは~ 遠足じゃあ
春の遠足は5月晴れの下,とても楽しく元気に終えることができました。行った先は,「のと海洋ふれあいセンター」「九十九湾遊覧船」「遠島山公園」です。
「ふれあいセンター」では,水そうのナマコをさわったり,ウニをつついたりしたあと,メガネをかけて「九十九湾の自然」の映画を見ました。その後,海岸におりていそのかんさつをしました。波もおだやかで,風もなく,引き潮でもあったので,じっくりと見て回ることができました。
さて,つぎは「遊覧船」。九十九湾をぐるりと一周。船の底の一部がガラス張りになっているので,海の中を見ることができます。ミズクラゲやさかな,海草などがたくさんみれて,みんなごきげん。同乗していた2組の観光客さんには少しうるさかったかな。
最後は「遠島山公園」で昼食です。すばやく食べおえ,いろんな遊具で遊び出す子もいれば,じっくりとこしを落ち着けて,弁当を食べてる1年生もいました。つり橋をわたった子もいたのかな?
帰りは,新しく開通したばかりの「上町→若山」間の道路を通ってもらいました。宝立山トンネルや高い橋げたもあったりして…なかなかいいながめだったらしいです。
それでは,遠足の作文を紹介します。
おもしろかったえんそく H.M(4年生)
きょうは,まちかねていたえんそくの日だった。ぼくは,お母さんに
「おべんとう作った。」
と言いました。そして,学校に行く前にたしかめをして学校に行きました。
9時に学校をはなれていきました。
さあ,ふれあい海洋センターにつきました。へんなメガネをかけて,魚のえい画を見たら,きゅうにさわりたくなってきました。ぼくは,
「おう,ついに手を出してしまった。」
と言いました。
そして,えい画が終わったら,ウニとかをさわってみたら,かわいかったです。とげがいたいけど,なれたらいたくなりませんでした。
つぎに,遊らん船に乗りました。タイがおよいでいるのを,ゆっぺが発見しました。ぼくは,
「やるな,ゆっぺ。」
とほめてやりました。-(後略)-
ボクは,海洋センターの映画を今までに何度も見ていますが,ほんとうに,すぐそばで魚が動いているように見えるから不思議です。いったい,どんな仕組みなのでしょうかねえ。しかし,本当の作文みたいだ~。すごい!!
新種のいそぎんちゃく U.Y(4年生)
きょうは,えんそくだ。がっこうへいったら,せんせいはおがたせんせいだけだった。バスにのるのは,4時44分44びょうだ。
「ふきつだ。」
バスがうごきだしました。でも,バスにはガソリンが入っていません。
そこに,ミスター・マリックがきて,水を入れていきました。ぜんぜんうごきません。ずうっとやっていると,バスはばくはつしてしまいました。そして,天から金がふってきて,その金でひこうきをかいました。
ひこうきにのって,ひこうきはとびました。
やっと「かいようふれあいセンター」につきました。そこで,いそぎんちゃくを見つけました。そのいそぎんちゃくには,しょく手が1本もありませんでした。まるでおがたせんせいのようでした。
みんなは,
「わっ,おがたせんせいにすごくにている。」
「すっげえ。」
このいそぎんちゃくは,「おがたいそぎんちゃく」となづけました。
なぜ「おがたいそぎんちゃく」とつけたのかは,ここではついきゅうしないでお こう。ただ,「めずらしかったのだ」ということだけは,たしかなのだから…。
Uの作文はまだ続きますが,このあと,ぼくが溺れたりするので,もうここらでしょうかいはやめ!! 続きを読みたい人は,学級文庫をみてください。
おわかりですか? これらは,遠足へ行く前に書いた「遠足の作文」なのです。
『学級通信:遠足編(第2号)』
遠足の前の日に書いた「遠足の作文」 その2
前号では,何もことわらないで紹介した「遠足の作文」でした。それで,だんだん読んでいって「あれ,これ変だなあ」と思われたことでしょう。その人たちは,見事に,ボクと子どもたちの罠にはまったというわけです。
「作文」と言えば,「あったことをありのままに書く」ということばかりが行われてきたのではないでしょうか。ボクの子どものころも同じです。行事がおわると,さあ作文,というパターンでした。
しかし,本物の小説家やマンガ家は「作り話」を書いています。わたしたちは,「作り話」と知りながら,それを楽しんで読んでいます。それは,「作り話」のなかにも,人間の本当の姿が書き込まれているような気がするからです。
では「作り話」を書くのは,「本当のことを書く」よりむずかしいのでしょうか。ボクは,そうは思いません。作り話だからこそ,自分の個性が出ることもあります。実際,有名な小説家というのは,個性がにじみでている文章を作文しているということでしょう。だから,たまには「作り話」もいいもんじゃありませんか。遠足に行く前に書いた「遠足の作文」。なかなかいい味出しているとは思いませんか?
楽しいえんそく F.E(3年生)
今日,えんそくがありました。
昼になりました。ところがおべんとうをあけると,中は,からっぽでした。おべんとうばこには,はしがはいっていただけでした。しかたがないから,おちゃをのもうとおもったら,おちゃがいってきもはいっていませんでした。
おかしをたべようとおもったら,とんびがきて,ひとつもっていってしまいました。それも,わたしのいちばんすきなのをもっていってしまいました。また,たべようとすると,たくさんのとんびがきて,みんなもっていってしまいました。
しゅっぱつのじかんになりました。雨がふったので,カッパをきました。そしたら,カッパがでてきました。ところがカッパがきえると,そこはこうえんでした。それに雨もやんでいます。
なんてうんがいいんだろう。こうえんであそんで,バスにのり,がっこうにもどりました。
あしたの日記を書こう!!
『はれときどきぶた』という本は,英語にも訳されている,とても楽しく,しかもけっこう有名な本です。
則安くんという主人公が「あしたの日記」を書くのですが,それがことごとく本当になるというお話。最後には,絶対にありえないことを書こうと「今日の天気は,晴れときどきぶたがふってきた」と書いたところ,次の日,これも本当になってしまったというばかばかしい話なのですが,それが子どもたちに馬鹿うけして,英語版まで発売された訳です。この『はれぶた』シリーズは,現在,第6作まで出ています。
作者の矢玉四郎さんは,『はれときどきぶた』のあとがきでこんなことを書いています。
則安君は、あしたの日記を書くために、でたらめなことをいろいろ考えた。「ばかなことばっかり考えて」と思った人もいるかもしれない。でも、ばかなことを考えるのは、あんがいむつかしいことなんだ。それに、ばかなことを百くらい考えていると、そのうちひとつくらいは、すばらしいことを考えだせるだろう。
電球を発明した人だって、はじめて飛行機をとばした人だって、ヨットで太平洋をわたった人だって、みんなはじめは「ばかなことをいって」と笑われたんだ。なにかを決めるときに、手をあげて多数決というのをやるだろう。これは便利な方法だけど、ときにはよくないこともある。多くの人はまちがっていて、ひとりだけ正しかったということもよくあることだ。だから自分の感じたこと、考えたことはちゃんと言えるようにならなくちゃいけない。ばかなことをはっきりいえなくちゃいけないんだ。人に笑われても、おこられてもいいんだ。
学校では教科書をおぼえればいいかもしれないが、遊びには教科書はない。自分で新しい遊びかたをつくらなきゃおもしろくない。それと同じで、おとなになったら自分の教科書は自分でつくらなくちゃいけないんだ。だから、いまのうちから、いろんなことを考えることのできる頭をつくっておくことだ。きみもあしたの日記を書いてみよう。
矢玉さんの本は,「朝の連続小説」の時にも取り上げて読んでいます。今,読んでいるのは『メカたんていペンチ』という本ですが,子どもたちは,毎日の朝の会の5分間を楽しみにしています。
以上,1997年度の学級通信の記事より



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