尾形正宏
1994.2.25 記
カロチンとは色素のこと?
カロチンという物質は知っていた(最近はカロテンと言い方が一般的)。ニンジンやカボチャに含まれている色素で,黄色の紅葉の原因物質でもある。ちなみに赤の紅葉はアントシアンという物質がその原因である。僕にとって,このカロチンというのは,単に植物の色を決定する物質でしかなかった。
ところが,最近(1990年代),テレビなどで「カロチン」という言葉をよく聞くようになった。清涼飲料水に含まれているというのである。
カロチンは体にいいの?
黄色の色素であるカロチンを飲料水に入れたからと言って,それがどうしたというのだろう。そんなにコマーシャルで大騒ぎすることか!と思っていた。黄色い色素が体にいいとはいったいどういうことなんだ。まあ,こんなこと調べたってわかんないやとは思いつつ…。
さて,そうなると少しは気になるのが僕の性格なのだが,すぐに調べる気が起きないのもまた,僕の性格である。そこで,気にしながらも,ほおっておいたのだが,あることをきっかけにして調べてみることにした。
僕の家に売っている(当時,親父は食料品店を営んでいた)清涼飲料水の内,カロチンが入っていると書かれていたのは,次の3種類だった。
<ファイブミニプラス><オリゴCC><ビタシーローヤル>
<オロナミンC>には入っていなかった。 コリャ,アタリマエカ。
ネットで上掲の商品を検索してみましたが,1990年代当時の商品名で売っていたのは「ファイブミニプラス」くらいでした。「オリゴCC」は検索にかかってこないし,「ビタシーローヤル3000」には「ニンジンエキス」という言葉がありました。βカロテンをCMする時代は終わったようです。
カロチンとビタミンA
うちの5年生の家庭科を担当してくれているT先生が,
「今,緑黄色野菜の勉強しているの」
と言って,いろいろと話をしてくれた。その中で,
「カロチンが油に溶けるのはどうしてか」
「カロチンが油に溶けてビタミンAになるのか」
とかいう話が,僕にビビンと響いてきた。
「なに? カロチンだって,それがビタミンAとどんな関係があるんだ?」
と思っている僕の気持ちも知らずに,そんなこと当たり前やといわんばかりに続けて,
「この間テレビを見てたら,分子模型みたいなのをもって,カロチンとビタミンAの説明をしていたよ」
と言うではないか。<分子模型>と聞いては,ちょっと黙っちゃいられない。これは真剣にのめり込むような予感がした。
おそらく家庭科の先生にとって,いや,もしかしたら,ほとんどのお母さん方にとって,<ニンジンがビタミンAの宝庫であること>は常識なのだろう。そして,その原因がカロチンだということも知っているのに違いない。T先生の疑問は「なぜカロチンが油に溶け易いのか」であり,「カロチンからビタミンAができること」など,彼女にとってすでに常識となっているのに違いない。
でも,僕は,「油に溶け易いのはなぜか」などはどうでもよくて(というかそこまで考える余裕はなくて),「なぜ,カロチンからビタミンAができるのか」「この2つの物質はどんな分子構造をしているのか」が気になって仕方なかったのである。
今までの僕にとってカロチンは,単なる色素のひとつでしかなかった。それが,体に必要なビタミンと結び付いていることに,ちょっぴり興奮したのであった。
しかし,あまり物を知らないということは,とても感激的に新しい物に出会えるということでもあるんだなあ。
カロチンの分子模型
家へ帰り,さっそく『岩波理化学辞典・第3版』をのぞいてみた。ちゃんと出ている。さすが『理化学辞典』である。大学で使って以来,めったに使わないのだが,捨てなくてよかった。なお,現在は,DVDの第5版を使っている。
【カロチン】
C40H56 カロチノイドの1つ。天然にはニンジンの根,トウガラシの果実, 種々の緑葉などにα-,β-,γ-の3異性体が相伴って存在し,その量はβ が最も多く,γは一般にきわめて少ない。(中略)
いずれもビタミンAの作用をもつが,これはビタミンAと共通なβ-イオノン環およびそれと連なる炭素11個の連鎖の存在によるものであろう。βはβ-イオノン環を2個もち,α,γの2倍の作用をもつ。…(後略)
『理化学辞典第3版・第5版(図)』
ビタミンAの分子模型
一方ビタミンAも調べてみた。この時の僕の気持ちはもうドキドキもんである。この分子が何らかの形でカロチンを分解したような物であったら,今までの疑問はす~っと氷解するのだ。
【ビタミンA】
C20H30O 別名アクセルフトール。ビタミンA2の発見以来ビタミンA1ともいう。黄色の針状晶。融点64℃…(中略)…
油脂に溶け,水には不溶。
…(中 略)…
植物界に広く存在するα-,β-,γ-カロチンやクリプトキサンチンなどは動物体内で摂取されて主にビタミンAに変えられるので,プロビタミンAと呼ばれる。肝臓その他動物体内に存在するビタミンAは根源を探ればプロビタミンAに由来するものであり,むしろプロビタミンAを真のビタミンAと考えるべきかもしれない。
『理化学辞典第3版・第5版(図)』(下線は引用者)
『理化学辞典』によると,カロチン(プロビタミンA)=ビタミンAと呼ぶことにしてもいいくらいだそうだ。
また,これによってコマーシャルでは,なぜ<カロチン>ではなくて<β-カロチン>なのかも,わかった。<β>なんて,ほとんどの人には何のことか分からないのだから書かなくてもいいはずなのに,わざわざセールスポイントとするのはちゃんとした訳があったのである。それは<β>が,<α>や<γ>と比べて2倍のビタミンAを作り出すことによるのだ。分子模型を造ってみるとそれが一目瞭然である。
ついでに,もしやとおもって本棚にある『アトキンス・分子と人間』(東京化学同人)を繰ってみた。するとちゃんと載っているではないか。

これで,簡単に分子模型が作れる。ビタミンAはこの本には載っていなかったが,カロチンが分かれば簡単である。
ついでに,「カロチンがなぜ油脂によく溶けるのか」も書いてあった。
この分子のもう一つの特徴は,これが存在する所と関係あるのですが,炭化水素であるために似たような環境を与える脂肪には溶けやすく,一方,水には溶けにくいということです。
『アトキンス・分子と人間』151ぺ(下線は引用者)
そう言われてみれば,この細長く炭素がつながっていて回りに水素がくっついている分子模型を油の分子模型の中に入れると,目立たないだろうなあと思う。なるほど,分子でみるといろんな世界が見えてくるね。
追記
以前書いた記事をHPに掲載するにあたり,少し付け加えておきたい。
当時は,ネットからの情報などほとんどなく,図書にあたるしかなかった。それでも,自分で,βカロチンとビタミンAの分子模型を作ることができた。それが下の写真である。
ビタミンA(C20H30O)が2つ分でC40H60O2となる。
βカロチンの分子式はC40H56なので,差し引きすると2H2Oが余分となる。
このような変化(βカロチン1分子→ビタミンA2分子)は,人体の肝臓や小腸の粘膜の中で起きているらしい(Wikipediaより)。
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