珠洲の珪藻土埋蔵量を調べてみた…一応の決着
2006.6.18
正院小 尾形正宏
『無尽蔵といわれる珪藻土掘削場の見学』(2006.1.17),『珪藻土の埋蔵量はどれくらいなのか』(2006.2.16)というレポートに引き続き,「珠洲の珪藻土の埋蔵量の出典」を探してみたレポート第3弾です。一応これで決着が付きました。しかし,結論だけを書くことはせず,わたしのたどった探究の道筋を紹介します。わたしが進めてきた「総合的な学習」の一つの例としてお読みください。
前回までの復習
昨年(2005年)の夏,珠洲市の理科部会で珪藻土掘削場の見学に行きました。300m以上も地下のトンネルに入っての見学は大変興味深いものでした。そこでその見学記をまとめてみたのですが,そのとき,ネットや本の中での珠洲の珪藻土の埋蔵量の数字に何種類かあることを発見。そこで,
・珠洲の珪藻土の埋蔵量の正確な数字は,いくらなのか。
・それはいつ,どのようにして確認されたのか。
を調べることになったのです。
密度を計算してみた
調べるほどに不思議なのは,埋蔵量として<体積>の値ではなく,<重量>の値が出てくることです。
埋蔵量とは,何カ所かボーリングをして,地層の分布を調べることでおおよその体積がわかることが先ではないか。そのあと,試料を取り出し重量をはかり,密度を計算から出す。そして「密度×体積」でおおよその重量が出るのではないか。それが重量としての埋蔵量になるはずなのです。しかし,珠洲の埋蔵量は重量としての数字ばかり…。
とりあえず,2種類の数字で珪藻土の密度を計算してみることにしました。仮に「49.5億立米」と「495億立米」ならば,一桁違うので,どちらがより正しいのか判断できるはずです。
○49.5億立方メートルと考えた場合
21億6000万トン÷49億5000万立方メートル
=21,6000,0000トン÷49,5000,0000立方メートル
=2160,0000,0000,0000g÷4950,0000,0000,0000cm3
=0.44g/cm3
○495億と考えた場合
21億6000万トン÷495億立方メートル
=21,6000,0000トン÷495,0000,0000立方メートル
=2160,0000,0000,0000g÷4,9500,0000,0000,0000cm3
=0.044g/cm3
掘り出したすぐの珪藻土の密度は,どれくらいなのでしょうか? まさか密度が0.44g/cm3ということは無いような気がします。ましてや0.044g/cm3というのもあり得ないでしょ。これじゃあ,水に浮いてしまいます。乾いた珪藻土は水に浮きますが,ここでは埋蔵量なので,ずっと重いはず。それとも「埋蔵量」というのは,乾いた状態で換算するものなのでしょうか? むむむ…なぞだ!!
実際,うちの理科室にあった乾いた珪藻土(焼成してない,10cm×10cm×5cm)の密度を計算してみたところ,体積500cm3で重さが400g,密度は約0.8g/cm3でした。
なぞは深まるばかり
で,前回のレポート『珪藻土の埋蔵量はどれくらいなのか』のあとがきに,次のように書きました。
じつは,わたしの追求はここまでで終わっています。結局,本当の値がどうなのかは分かりませんでした。ただ重量にすれば,
能登半島の埋蔵量…27億トン
珠洲市の埋蔵量…21億6000万トン
というのは,学問的に正しい数字なのだと考えていいでしょう。しかし,体積の方は正確な数字が分からないままだし,その数字にも何種類かあり,しかも密度を考えると整合性が感じられないという混沌としたままの一段落となってしまいました。
これ以上つっこんで調べるには,
・珠洲焼資料館で『珠洲のれきし』の元になった体積のデーターを探す。
・県立図書館から資料を取り寄せて見てみる。
・珪藻土の専門家を見つけて聞く。
など,新しい行動に移らなくてはいけません。でも,今の私にはそれだけの気合いが無いので,どうかみなさんの行動に期待するものです。沢山のアンテナをはって,是非知り合いに聞いてみてください。そして,何か分かったら,教えてください。
鍵主工業さんとのメール
それから,1ヶ月。会員に向け「何かわかったら教えてください」とは書いたものの,最初の問題意識を持ったのはわたしなわけで,その解決を他人様の調査に依存するわけにもいきません。
そこで私は,鍵主工業さんへメールを出して聞くと共に,珠洲市中央図書館へ行って調べてみることにしました。
①尾形→鍵主工業
計算したときの密度が気になったので,まずは,珪藻土の密度について聞いてみました。
鍵主工業様
正院小学校の尾形です。
いつもお世話になっています。
再度,珪藻土のことについて教えて下さい。
珪藻土の密度ってどれくらいですか?
掘り出したときの状態
自然乾燥したときの物(理科室の物で計算したら0.8g/cm3くらいでした)
焼成後
で教えて下さい。
10㎝立方の重さでもいいです。
よろしくお願いします。
②鍵主工業→尾形
先日計測したものですと,原石をそのまま焼成したレンガでかさ比重0.6~0.7です。
殆ど収縮の無い温度域での焼成ですので水分有機物等が抜け切った密度がこの程度と見てもかまわないかと思います。
場所によっては0.6以下の所もあるかもしれません。
バラつきは一緒に混ざっている粘土や砂の量が変化する為です。(下線は尾形)
という返事が届きました。ここに出てくる「かさ比重」という言葉をはじめて聞きました。この言葉に「小さすぎる密度の秘密」が隠されていそうな気がして次のメールを送りました。と同時にネットでも「かさ比重」という言葉を探してみました。
ネットで探すと…
するとけっこう検索に引っかかります。ただ,どれを読んでみても余りよくわからない。「かさ比重の違う2種類のパウダーを用意しました」なんてCMがあっても…だし。そんな中,用語解説のページが見つかりました。舗装やセメントの説明の所に出ていました。
実は比重も、その計り方によっていろいろ出てきますが。土の場合だと単位体積重量(略して単重)という言い方もあり、これには水分を含めた湿潤単位体積重量(簡単に湿潤密度とも言います。)と乾燥単位体積重量(乾燥密度)とがあります。コンクリートでは骨材について単位容積重量というのがあります。これは1 m3について言うようです。普通はg/cm3で表します。みかけ密度というのは水分のない完全に乾燥した(絶乾状態と言います。)アスファルト混合物の空気中での重量から、水中で計った水中重量を差し引いて容積を出し、普通の空中重量を割って求めます。混合物に水が入るような空隙があると、密度は大きく出ます。かさ密度というのは、混合物を水中に浸けておいて、取り出して表面についている水を拭き取ってから重量を計ります。この重量を表乾重量と言います。この表乾重量と水中重量との差から体積を出して、空中重量を割って求めます。こちらの方が見かけの体積、つまりかさで密度を求めていることになります。混合物の中の空隙率を計算するときはかさ密度を使った方が正しく出ます。アメリカではGmbという略号を使います。排水性舗装に使うような開粒度の混合物では、水に浸けて引き上げると、混合物の中に浸入していた水が吐き出されて、表乾重量が計れません。そういう混合物についてかさ密度を求めるときにはパラフィン法と言って溶かしたパラフィンの中に混合物の供試体を浸けて空隙をふさいでおいて水中重量を求めます。かさ密度を計算するときは、もちろん使ったパラフィンの量も計算に入れます。アスファルト混合物については理論最大密度というのもあります。これは混合物の中に空隙が全くないとして求めた架空の密度で、使った材料すべての平均比重ということになります。略して理論密度ということもあるようです。理論最大密度と締固めた混合物のかさ密度を比較して空隙率を求めます。(下線は引用者)
建設用語小辞典・土木構造,材料
http://www.watanabesato.co.jp/pavements/knowledges/cstrct.html)
ん~,わかったようなわからんような説明ですねえ。ただ,乾かして測る方法らしいということは伝わってきます。
③尾形→鍵主工業
鍵主工業様
正院小の尾形です。ありがとうございました。
新たな疑問です。2つあります。
まず,
焼成したあとのレンガの説明で「かさ比重」ってなんでしょうか?
ふつうの比重とどう違うのでしょう??
あと,
掘り出したとき(地中にあるとき)の珪藻土って,
どれくらいの重さ(比重)なのか,わかったら教えて下さい。
昨日の珠洲市の理科部会で,話題になっていたことは
・珠洲市の珪藻土の埋蔵量が21億6000万トン(珠洲市から聞きました)
・『珠洲のれきし』では,体積で49億5000立米と書かれているが,これは本当か?(珠洲市はわからないと言っていました)
・そもそも埋蔵量って,どんな風にして計測しているのか
・珠洲市の珪藻土の埋蔵量の数値の原典は何か?
ということです。
実は,珪藻土の埋蔵量についての「重量」と「体積」の二つの値を使って計算すると,どうも珪藻土の密度(比重)が変な値になって出てくるのです。
何度もすみませんが,何かわかりましたら教えて下さい。
特に,掘り出したすぐの珪藻土の比重が知りたいです。
④鍵主工業→尾形
ふつうの比重がかさ比重(見掛け密度)です。
対して真比重(真の密度)があります。
中身が詰まった・・例えばコップに入れた水とか鉄の玉とかは、
かさ比重=真比重
になりますが、
スポンジ状の場合、内包する空気の層を含めた比重「かさ比重」と空間を除去した材質のみの比重(スポンジを圧縮して空気を抜いた状態を想像してください)「真比重」が必要になります。
珪藻土の場合、決まった量の水に絶乾珪藻土を入れて体積増加分を測り真比重の体積にします。
身近なもので言うと、米なんかマスに入れても粒と粒の隙間がありますからかさ比重と真比重は違う値になります。
埋蔵量がどのようにして算出されたのか私は知りませんが、どこからどこまでを埋蔵量として計算するかによっても違ってくるでしょうしそんなものとして受け取った方が良いかと思います。
絶乾状態の珪藻土粉をメスシリンダーに入れて測るかさ比重では0.5以下なのでそれで重量計算してしまったのかもしれません。
塊をいったん粉にすると見掛けの体積が増えるためです。
このスポンジの例は大変わかりやすいです。
「かさ比重」とは,隙間のあるスポンジ状態であり,珪藻土でいうと完全に乾いた(絶乾)状態ではかった密度のことです。水を含んだスポンジは,水分をたっぷり含ませた状態の珪藻土のこと。そして,この絶乾状態の珪藻土を粉末にすると少し体積が増えることで,「かさ比重」が0.5以下になることがあるというのです。
この鍵主さんの説明だと,先に計算した0.44g/㎝3の信憑性が俄然高くなります。少しだけ一つのゴールが見えてきました。
市立図書館ではわからない
次に,珠洲の中央図書館へ行ってきました。中央図書館には,わたしの同級生のタケちゃんがいます。さっそく,話をして,一緒に文献を探しました。しかし,いいのがない。見つけたのは,
○「石川の地理ものがたり」刊行委員会編著『石川の地理ものがたり』(日本標準,1984,174ぺ,1400円)
○『能登半島学術調査書』(石川県,1965,562ぺ)
くらいです。
『石川の地理ものがたり』には次のように書かれているだけでした。
ケイソウ土とは,およそ一千万年まえころ,海中に生活していたケイソウのからがつもってできた土じょうで,そのあつさは四十~五十メートルにたっし,場所によっては百メートルいじょうもあります。能登地方はケイソウ土の宝庫といわれています。(中略)かんそうするまえは,三千六百グラムあったものが,やいたあとでは千百グラムになるそうです。(58ペ)
また『能登半島学術調査書』には「第1部 能登半島の地質」として80ページ近くをあてていますが,珪藻土については詳しいことは載っていませんでした。
そこで,県立図書館の蔵書の検索をしてもらいました。いやー便利なものです。「珪藻土」で引っかかってきた本は数冊ありましたが,その中で『能登半島学術調査書』にも紹介されていた『能登産珪藻土の基礎研究』を取り寄せてもらうことにしました。他にも石川県の発行した本があるようですが,なぜか県立図書館の検索には引っかかりませんでした。一番欲しかった『能登半島の珪藻土』(昭和38年/石川県発行)は手に入りませんでした。
「じゃあ,本が届いたら,教えてね」といって,前に書いた珪藻土に関する二つのレポートをタケちゃんに渡して,図書館を後にしたのです。
数日後,学校にFAXが入ってきました。それは,タケちゃんからです。珠洲商工会議所へ行き〈珪藻土について,どういう調査をしてきたのか〉を教えてもらってきたというのです。そのFAXには,まだ年表しかありませんでしたが,彼の行動力に感謝です。
その後,県立図書館から届いた本を読み,さらには,県工業試験場の結果のレポートなどもみることができました(これについては,あとで報告します)。
『能登産珪藻土の基礎研究』を読む
県立図書館から,
石川県珪藻土利用研究会基礎部会編『能登産珪藻土の基礎研究』(石川県工業試験場,1966年)
を取り寄せてもらいました。
この研究書には,珪藻土の埋蔵量だけでなく,含有微化石や物理的諸性質・化学的諸性質についても書かれています。
さっそく,ページを開き,うきうきしなら読みはじめました。
この本でわかったことは,以下の点です。

①歴史
・昭和37年12月 石川県,金沢大学,地元市,業界などで石川県珪藻土利用研究会結成
・昭和38年9月下旬 珠洲地区飯田層コアボーリング竣工
・昭和39年9月下旬 珠洲地区法住寺層コアボーリング竣工(以上1~2ぺ)
②詳しいことは,市川・絈野著『能登半島の珪藻土』に記載されている。(3ぺ)
③純度の高い珪藻土の粉末状態での「嵩比重」は0.28~0.4にすぎない。
珠洲の珪藻土は多少の砂や粘土などを含んでおり嵩比重は0.34~0.56程度である。(63ぺ)
④巻末の一覧表を見ると以下のことがわかる。
飯塚珪藻土 飯塚珪藻泥岩層
飯塚・正院・平床地区 厚 さ 平均100m 最大400m
埋蔵量 3750×106m3
鵜飼地区 厚 さ 平均100m 最大200m
埋蔵量 1100×106m3
飯田珪藻土 飯田珪藻泥岩層
飯田・上戸地区 厚 さ 平均 20m 最大 40m
埋蔵量 6×106m3
岡田北方地区等 厚 さ 平均 10m 最大 20m
埋蔵量 10×106m3
法住寺珪藻土 法住寺泥岩層 珪藻土に富む部分は一部分である
泥岩の埋蔵量は少なくとも200×106m3
③の記事により一気に「かさ比重」についての疑問が解消しました。やはり,珠洲の珪藻土のかさ比重は,約0.45位なのです。
また,④の一覧を見ると,埋蔵量がわたしの予想通り「体積」で表されていることがわかります。そして,この一覧の,「飯塚珪藻土の埋蔵量」を足し算すると
3750×106m3+1100×106m3=4850×106m3
となり,48,5000,0000立米となります。ですから,求めていた「48億5000万立米」というのは,珠洲の珪藻土のうち飯塚珪藻土の推定埋蔵量であることがわかりました。珠洲には,他に飯田珪藻土もあるのですが,広がりも値も小さいので無視したのでしょう。飯田珪藻土も入れると,
珠洲の珪藻土の埋蔵量は 48億6600万立米
となります。なお,法住寺珪藻土は,珪藻が僅かしか含まれていないので問題外のようです(商業的には成り立たない?)。もし法住寺珪藻土も加えたら,50億6600万立米となります。
ただ,嵩比重については,飯塚珪藻土が0.53~0.67,飯田珪藻土が0.5±と書いてあり,0.44にはほどて遠くよくわかりません。
でも,でも,これで,珠洲の埋蔵量の出典や正確な値がわかったことになります。
タケちゃんが探してくれたもの
タケちゃんからのレポート
以上のような内容をこちらで調べている間に,珠洲中央図書館のタケちゃんも独自に調査をしてくれていました。そして,3月末図書館に出向いたときに,以下のような文章と共に貴重な資料のコピーを届けてくれました。そこには,私が考えたのと同じようなことが書かれており,さらに,もう一つの問題も解決されていました。
2006年3月24日
正院小学校 尾形正宏先生
珠洲市立中央図書館 竹原
「珪藻土の埋蔵量」について
いろいろ調査した経緯経過を報告します。
1.珠洲市と珠洲商工会議所と石川県工業試験場とで、昭和55年度より3ヵ年にわたり珪藻土埋蔵量調査を実施して、その資料の有無を珠洲商工会議所に問い合せたところ、
・珠洲市飯田層(岡田地区)の珪藻土埋蔵量調査報告書 昭和56年6月
・珠洲市飯田層(岡田地区)の珪藻土埋蔵量調査中間報告書 昭和57年11月
の2部は存在したが、最終報告書が見当たらなかったので、石川県工業試験場に問い合わせをしたところ、取り寄せられた。(3月上旬に珠洲商工会議所で会議があったため、持参してくれた。工業試験場の中村氏)
・珠洲市飯田層(岡田地区)の珪藻土埋蔵量調査最終報告書 昭和58年11月
ただ、この報告書では、全体の埋蔵量を把握できなかった。
2.珠洲商工会議所発行の「商工珠洲」の平成6年5月1日付第109号4貢で「珠洲珪藻土活性化協議会」設立(県の補助事業 5ヵ年)の記事を見つけ、そのとき使用したと思われる資料を珠洲商工会議所から取り寄せた。そこには珪藻土埋蔵量が記載されていた。
しかし、出典は不明だった。
3.商工観光課では、テレビ局の取材の回答で、工業試験場の宮本氏が提出したと思われる資料があったが、能登珪藻土の埋蔵量は27億トンと記載されていた。
4.鍵主工業へ出向いたところ、すごい収穫があった。
「能登半島の珪藻土 昭和38年3月 石川県」という文献があったので、借受けコピーさせていただいた。すべてこの資料が原点である。
「珠洲のれきし」に善かれている「49億5千立方メートル」は「49億5千万立方メートル」の誤りで、しかも、飯塚珪藻泥岩「48億5千立方万メートル」と中島町の山戸田珪藻泥岩「1億立方メートル」を足したもので、「51億立方メートル」が正しい。そして、埋蔵量を重量「億トン」で表すのはナンセンス!! 各層(飯田層、飯塚層など)によって嵩密度が異なるし、地上近くと地下深くでもやはり異なる。埋蔵量は体積「億立方メートル」で標記するのが正しい。
そして、「珠洲のれきし」に書かれている「はじめて文献に登場する年号は元和元年(1681年)」は誤り。1681年は天和元年、元和元年は1615年。???「能登半島の珪藻土」38ページにも元和元年(1681年)と書いてあった。この年号は当時の乙谷翁から聞いたものを文献に載せたらしいので、「元和元年」は正しいだろう(年寄りが西暦で答えるわけがない)ということで、元和元年(1615年)が正しいし、最近の文献は元和元年(1615年)と書いてあるということである。
5.金沢大学に問い合わせたが、思ったような返答はなかった。
以上。
資料からわかること(整理します)
「珠洲珪藻土活性化協議会」(平成6年)の資料
本資料の「2.能登半島の珪藻土の堆積状況」では,一覧表と共に,次のような記述があります。
能登半島全体では,推定埋蔵量は約55.5億m3である。特に,珠洲市の飯塚珪藻土は,推定48.5億m3(分布範囲36㎞2,最大層厚400m)と群を抜いている。飯田珪藻土と法住寺珪藻土を加えての珠洲市全体では51億m3になり,全国一埋蔵量が多い。
一覧表では,飯塚珪藻泥岩(48億5000万m3),飯田珪藻泥岩(2500万m3),法住寺珪藻泥岩(2億2500万m3)となっています。
また,「4.珠洲の珪藻土産業の歴史」では,
珠洲地方における珪藻土利用のはじまりは元和年間(1615年~1624年)だといわれる。
とあります。
市川・絈野共著『能登半島の珪藻土』(石川県,昭和38年)
これが欲しかったのですが,県立図書館にもありませんでした。ところが,鍵主工業さんが持っておられたのです。タケちゃんが見つけ出してくれてこうして読むことができました。おそらく,本資料が原典です(ただし,本資料にも主要文献として34編の文献が紹介されています)。
本資料35ページには,嵩比重の表が出ています。そこには,珠洲市珪藻土の嵩比重が,

これが欲しかったのですが,県立図書館にもありませんでした。ところが,鍵主工業さんが持っておられたのです。タケちゃんが見つけ出してくれてこうして読むことができました。おそらく,本資料が原典です(ただし,本資料にも主要文献として34編の文献が紹介されています)。
本資料35ページには,嵩比重の表が出ています。そこには,珠洲市珪藻土の嵩比重が,
・飯塚珪藻土
珠洲市経念:0.57
珠洲市舟橋:0.40
珠洲市飯塚:0.43
・飯田珪藻土
珠洲市城山:0.45
・法住寺珪藻土
珠洲市法住寺:0.54
と紹介されており,以前計算で出した0.44に近い値です。
また,38ページの「珪藻土利用の沿革」には,
石川県珠洲市正院町飯塚の珪藻土は,元和元年(1681年)頃からカマ及び炉として製作し,自家用に供したという。しかしわが国における珪藻土の発見は,アメリカ人Pumpellyをもって嚆矢とする。
と書かれている部分は,タケちゃん指摘の通り,元和元年(1615年)とすべきでしょう。なお,和暦と西暦の関係については,例えば次のようなHPがあります。
和暦・西暦一覧表(http://www.city.suwa.nagano.jp/scm/dat/wareki2/wareki_004.htm)
さらに,41ページの「第10表 能登半島における珪藻泥岩の地区別推定埋蔵量」には,
飯塚珪藻土 4850×106m3
飯田珪藻土 25×106m3
法住寺珪藻土 225×106m3
と出ており,この数値は平成6年の協議会に出された資料とおなじものとなっています。
結論
珠洲市の珪藻土の埋蔵量について
(1)珠洲市の珪藻泥岩層の推定埋蔵量は以下の通りである。
飯塚珪藻泥岩層 48億5000万 立米 → 約48.5億
飯田珪藻泥岩層 2500万 立米 → 約49億
法住寺珪藻泥岩層 2億2500万 立米 → 約51億
(2)『能登半島の珪藻土』
昭和38年(1963年)に,金沢大学理学部地質学教室の市川渡・絈野義夫の両氏が,石川県の委託によってまとめた報告書です。本書で,おおよその研究の流れがわかる。今回はこれ以上さかのぼれませんでした。
『珠洲のれきし』の訂正部分
(1)珪藻土の埋蔵量について
「珠洲市全域に約49億5000立方メートル」
↓(訂正)
「珠洲市全域に約48億5000万立方メートル」又は「51億立方メートル」
あるいは,そんな厳密に書かないのなら,約50億立米とするのも覚えやすくていいかも知れません。わたしは,そういう風に覚えることにします。
(2)年代について
「元和元年(1681)頃から珪藻土工業がはじまった」
↓(訂正)
「元和元年(1615)頃から珪藻土工業がはじまった」
おわりに
今回,珠洲の珪藻土について調べながら,「オレは,もしかしたら,総合的な学習を自分で進めているのかもしれない」と思いました。
わたしがやってきた「学習内容」をふり返ってみます。
① 珪藻土掘削場の見学(撮影・インタビュー)
② 見学記をまとめる(記録づくり)
③ 珪藻土の利用法や歴史についても調べる
④ 新たな問題ができる
⑤ 今までに習った計算や知識で,どの値が正しいのか予想をする
⑥ 検証する(インターネット,メールでの問い合わせ,図書館利用)
⑦ 一応の結論を出す。
こうして自分で「総合的な学習」をやってみると,自分で一つの課題を決め,それを解決する方法を考え,調査し,だめなら方向を変え,さらに探究するってのは,本当に時間もかかるし難しいことです。こんなことを子ども達に要求したって,うまくできないのは仕方ないよなあと思います。もっともっと基本的な力(読み・書き・計算・資料探索力・インタビュー力・インターネット利用力・文章構成力など)をつけてからじゃないと,「総合的な学習」は無理なのではないか。ま,「総合」推進派に言わせると「そういう力をつけながら進めていくのだ」と言うかもしれませんが…。
謝辞
見学から3本目のレポートをまとめるまで約10ヶ月間。よくもまあ続きました。ほとんど授業に関係ないことを,こうして続けるためには,それなりにエネルギーが必要です。
いやー,持つべきものは友達ですね。同級生ですね。研究好きな仲間ですねえ。こうしてタケちゃんと二人三脚で調べてきて,珠洲市の図書館も県立の図書館も身近になった気がします。
タケちゃんありがとう。そして,これからもよろしくね。
鍵主工業さんには,数回にわたるメールでいろんなことを教えてもらいました。特に,「かさ比重」という概念を知ることで,今回の調査が一気に焦点化されました。
また,「次は,どうなるのだろう」とわたしの調査を楽しみにしてくれた「珠洲たの」サークルのメンバーや正院小職員,それに珠洲市理科研究会のみなさんの興味・関心があったからこそ,まとめられました。ありがとさんです。



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