反戦川柳作家・鶴彬

短詩型(笑)文学を楽しむ

1927年(昭和2年) 18歳

『日本川柳新聞・第2号』(1月1日発行) 「性慾二題」

・これやこの禁慾主義者の夢精かな
・精虫の尾をふるさまぞめでたけれ 

『氷原・24号』(2月11日発行)

・音楽ききすますブルジョアの犬
・ねぎの虚無土の創造あゝ蒼天
・人つひに己に似たる子を産めり
・澄む空に雲一びらの感情が
・忘らるにやすき路傍の犬の死よ
・人,街におうごめく蟻となる哀れ
・さんらんの陽の奏曲に芽がのびる
・頬に立つ冬の破片の鋭さや
・冬の樹のうちに鳴る音に耳をあて
・牛の背の老子にさゝやく天の川
・ふんぷんと海にふる雪海となる
・がくぜんと相見しこの世の猫鼠
・親と子の血をもつ蚤の行衛かな
・賃金どれい鞭もつ人のあくびかな
・文明の街,雌雄の仮装行列ぢゃ
・こうこつと月になり切る露一つ
・時計止まったまゝの夜るひる
・瞑想の聖者のひざうを飢えた蟻  

1928年(昭和3年) 19歳

『川柳人・184号』(2月1日発行) 一二

・柵の中に枷あり枷に生命あり

『氷原・26号復活号』(2月10日発行) 喜多一二

・踏みたるは釈迦とは知らず蟻の死よ
・鍬だこにあはやペンだこ敗けんとす
・人遂に己に似たる神を彫る
・菜っ葉服着れば甲冑に似たるかな
・文明とは何骸骨のピラミッド
・聖者入る深山にありき「所有権」
・生き難き世紀の闇に散る火華
・君見ずや牛乳搾る男の掌
・都会から帰る女工と見れば痛む
・街に住む奴隷となれば野の声す
・餌まいて網張る中に飢えし群 

『川柳人・193号』(11月1日発行) 鶴彬←初めて使った(以後同じ) 

・屍みなパンをくれよと手をひろげ
・毒蜘蛛の網を乗っ取る蟻の群れ
・血を流す歴史のあした晴れ渡る
・海こえて世界の仲間手をつなぎ
・大衆の手に翻へる一頁
・槌と鎌くまれてパンの山動く
・プロレタリア生む陣痛に気が狂ひ
・獄壁を叩きつづけて遂に破り 

『氷原・35号』(11月10日発行)

・資本論やけど飢えたる群の声
・退けば飢えるばかりなり前へ出る
・群衆のなだれ屍を超えて燃ゆ
・腕を組む仲間に鎖ぶち切れる
・兵隊をつれて坊主が牢へ来る
・パンの山まもる兵士も飢えて来る
 島田雅楽王氏送別
・胃を満すべく北南なる君と僕   

1936年(昭和11年) 27歳

『蒼空・第6号』(5月15日発行)

「習作帖より」
・熔鉱炉よりねおんよ血走る大東京の空
・働かぬ獣もどもさかりに来て銀座夜ひらく
・金庫を守る鎧戸に閉め出されてゐる乞食
・結核菌と脂ふんの渦にマネキン嬢
・こんなでっかいダイヤ掘って貧しいアフリカの仲間達
・ポケットのホルモン剤と紙幣の束 
「火箭集」
・貞操の玩具をあさる二足獣
・日給で半分食へる献立表
・銀座裏ヅケを争ふ人と犬
・血に飢えた闘犬へ飼主肥り切りてゐる

『蒼空・第7号』(6月15日発行) 

「火箭集」
・待合いで徹夜議会で眠るなり
・労働ボス吼えてファッショ拍手する
・「産聯」のアジビラが飛ぶ衆議院
・大臣へ飽いた妾を呉れるブル
・神国の富士飢餓日本の三原山
・生き埋めよ! 豚より安い涙金

『蒼空・第8号』(7月15日発行)

「火箭集」
・グラインダーの蒼い火花に徹夜続きのあばら骨
・もうけるのに一日二十四時間でまだ足らず
・鉄ほてり真夏の夜の目がくらみ
・「カネオクレ」最後のものを売るばかり
・初恋を残して村を売り出され

『蒼空・第9号』(8月15日発行) 

「孔雀」
・孔雀! けんらんと尾をひろげれば生殖器
・王様のやうに働かぬ孔雀で美しい
・遊び飽き食い飽きさかり飽く孔雀
・蟻の卵のうまさを孔雀盗りおぼえ
・踏み殺し切れぬ蟻に孔雀は気が狂ひ
・着飾った羽毛のあひへもぐる蟻
・生き残る蟻の凱歌に孔雀の死

「柳樽川柳祭記・互選雑吟」
・飯米に盗んだ米を盗まれる 

『蒼空・第10号』(9月15日発行)

「火箭集」
・太陽は女神よ地上の女奴隷たち
・監督に処女を捧げて歩(ぶ)を増され
・売春婦あぶれた夜は飢えと寝る
・休めない月経痛で不妊症
・日給三十五銭づつ青春の呪ひ織り込んでやる
・嫁入りの晴衣こさへて吐く血へど
・城西消費組合の家建つ
・地搗唄次の時代へ残す家
・奴隷ではない女らの手のヨイトマケ
・インテリが疲れ女土工起ち
・新居格のペンダコあわれ綱に負け
・親綱をとる井上信子まだ老ひず

「席題「夜」福田山雨楼選」
・裏切りの夜から情痴の虫となり
・蜘蛛の巣にかかった蝶に夜が来る

「宿題「煙」井上信子選」
・煤煙の濁りを吸ふた花の色
・転地すれば食へぬ煙の下で病み

「互選雑吟」
・子を産めぬ女にされた精勤証 

『蒼空・第11号』(10月15日発行)

「火箭集」
・生き神のネロの如くにおかす初夜
・神霊がのり移ったとさかるなり
・神殿にダブルベットとホルモン剤
・春画ひろげたまゝ生き神様の枕元
・生き神といふ人間でないけものなり
・「番号札」生き神様のなれの果て

『火華・第2巻第5号』(12月1日発行)

「半島の生れ」
・半島の生れでつぶし値の生き埋めとなる
・内地人に負けてはならぬ汗で半定歩のトロ押す
・半定歩だけ働けばなまけるなとどやされる
・ヨボと辱しめられて怒りこみ上げる朝鮮語となる
・鉄板背負ふ若い人間起重機で曲る背骨
・母国掠め盗った国の歴史を復習する大声
・行きどころのない冬を追っぱらわれる鮮人小屋の群れ 

1937年(昭和12年) 28歳

『蒼空・第13号』(1月15日発行)

 「火箭集」
・春を得つ地熱に続く休火山
・地熱燃え怒り地球は春にめざめたり
・春の太陽へ廻る地球の奴隷達
・地球まだ老ひぼれず奴隷の春近し
・解放の前夜-その闘ひに死ぬ奴隷達
・太陽のベルト自由の春動く

『火華・第23号』(2月1日発行) 

火華集「肺」
・シキの底ひと息ごとの肺の煤
・セメントでこわばった白い肺で血も吐けないのだ
・鉄粉にこびりつかれて錆びる肺
・もう綿くずを吸へない肺でクビになる
・サナトリウムなど知らぬ長屋の結核菌
・紡績のやまひまきちらしに帰るところにふるさとがある
・夜業の煤煙を吸へといふ朝々のラヂオ体操か
・息づまる煙下の下の結核デー

『火華・第24号』(3月1日発行)

「火華集」
・タマ除けを産めよ殖やせよ勲章をやろう
・この安日給で妻をもたねばクビになるばかり
・これからどうして食ってゆこうかと新婚の夜を寝つかれず
・免税になるまで生めば飢死が待ち
・葬列めいた花嫁花婿への列へ手をあげるヒットラー
・種豚にされる独逸の女たち
・ユダヤの血を絶てば狂犬の血が残るばかり
・ソビヱットを奪へと缺食の子をふやし

『川柳人・第274号』(3月15日発行)

「鉱毒の泥海」
・鉱毒の泥海をダムはもりあげてゐやがった
・決潰する夜のダムの真下の鉱夫村
・きのうまでとかした毒泥あびせかけられ
・貧しさの中の歓楽の夫婦の姿で生き埋めとなり
・救いをよぶ咽喉ふさがれてしまふ硫化泥よ
・泥海にふた親のまれた子がゐる子をさらわれた母がゐる
・毒泥を呑んでつかんで悶絶の姿にされて凍ってる
・いまは仲間の死骸掘り探すシャベルとなった
・うらみ呑んだ仲間の死骸が幾百とゐる蒼ずんだ毒泥の底
・掘り出された屍のうらみ生き残された子にうづく
・生き埋めのうらみ買い占めてやらうといふ見舞金だった
・凶作つづきの田は鉱毒の泥の海
・十年はつくれぬ田にされ飢えはじめ

『川柳人・第275号』(4月15日発行)

「金の卵を産む鳥」
・金の卵を産む鳥で柵に可愛がられる
・棚[柵]を越せぬに翼になれ生む外はな[い]金の卵
・産卵せねばしめ殺す手で餌をあてがわれ
・奴隷となる子鳥を残すはなかい交尾である
・重税の如く奪はれる金の卵を産み疲れ
・死なないといふだけの餌でつぶされる日が迫り
・産み疲れて死んでやれ飼主めひぼにしならう

『火華・26号』(5月1日発行)

「近事片々」
・増税の春を死ねない嘆願書
・ゼネストに入る全線に花見客
・人民に問へばゼネラルストライキ
・アゴヒモをかけ増給を言へぬなり
・祭政一致と言ふてゆるさぬメーデー祭
・5月1日の太陽がない日本の労働者
・『病欠』で来たハイキングのメーデー歌
・空白の頁がつゞくメーデー史
・議事堂でみたされぬ飢がむらがる観音堂
・フジヤマとサクラの国の餓死ニュース
・エノケンの笑ひにつゞく暗い明日
・男らは貧しくひとり,花嫁映画みるばかり
・「ワリビキ」へ貧しさ負ふて列ぶ顔
・クビになる恋と知りつゝする若さ
・殴られる鞭を軍馬は背負わされ
・妾飼ふほど賽銭がありあまり
・闇に咲く人妻米のないあした
・バイブルの背皮にされる羊の死
・泥棒と知れ花魁の恋やぶれ
・喰ふだけのくらしに遠いダイヤの値
・税金のあがったゞけを酒の水 

『火華・27号』(6月1日発行)

「すとらいき」
・メーデーのない日本のストライキ
・要求を蹴りアゴヒモがたのみなり
・歯車で噛まれた指で書く指令
・翻る時を待ってる組合旗
・生きてゐるな解雇通知の束がくる
・裏切りをしろと病気の妻の顔
・失業の眼にスカップの募集札
・スカップが増えた工場のすゝけむり
・缶詰にする暴力団を雇ひ入れ
・今からでもおそくないといふ裏切りの勧告書
・総検(総検挙)にダラ幹だけがのこされる
・弾圧がいやならとれといふ歩増し
・くらしには足らぬ歩増しで売る争議
・裏切りの甲斐なく病気の妻が死に
・釈放を解雇通知が待ってゐた
・ダラ幹が争議を売ればあがる株

『川柳人・278号』(7月15日発行) 

「蟻食ひ」
・正直に働く蟻を食ふけもの
・蟻たべた腹のへるまで寝るいびき
・蟻食ひの糞殺された蟻ばかり
・蟻食ひの舌がとどかぬ地下の蟻
・蟻の巣を掘る蟻食ひの爪とがれ
・やがて墓穴となる蟻の巣を掘る蟻食ひ
・巣に籠もる蟻にたくわえ尽きてくる
・たべものが尽き穴を押し出る蟻の牙
・どうせ死ぬ蟻で格闘に身を賭ける
・蟻食ひを噛み殺したまゝ死んだ蟻

蟻食は「資本家」,蟻は「労働者」の比喩でしょう。「蟻たべた腹のへるまで寝るいびき」とはすごい表現です。

『川柳人・279号』(8月15日発行)

・パンを追ふ群衆となって金魚血走ってる
・工夫等の汗へすぎてく避暑列車 

『川柳人・280号』(9月15日発行)

「しゃもの国綺譚」
・昂奮剤を射された羽叩きでしゃもは決闘におくられる
・稼ぎ手のをんどりを死なしてならぬめんどりの守り札
・決闘の血しぶきにまみれ賭けふやされた銀貨うづ高い
・遂にねぐらをあげて斃れるしゃもにつづくと妻どり子どりのくらし
・勝鬨(かちどき)あげるしゃもののど笛へすかさず新手の蹴爪飛ぶ
・最後の一羽がたほれて平和にかへる決闘場
・しゃもの国万才とたほれた屍を蠅がむしってゐる
・をんどりみんな骨壺となり無精卵ばかり生むめんどり
・をんどりのゐない街へ貞操捨て売りに出てあぶれる
・骨壺と売れない貞操を抱え淫売どりの狂ふうた

「しゃもの国」と題していますが,読めば分かるとおり,男が戦争に行って屍となり,のこった女は淫売となるしかないという世の中を痛烈に批難しています。反戦作家此所にあり

・稼ぎ手を殺してならぬ千人針
・銀針に刺された蝶よ散る花粉
・避暑客の汗を一人で流す火夫
・枕木は土工の墓標となって延るレール
・泥濘をよける気のない程疲れて帰る
・泥濘の長屋へすくむ視察団
・招集兵士産待つ子の夢を見る

『川柳人・280号』(10月15日発行)←なぜか280号が二つある??? 

「蜜と花園」
・花園の蜜をあつめて奪られる箱を与えられ
・蜜箱空っぽにする手を知らず稼ぐばかりの蜂である
・蜂に蜜吸はれつくした花園凋(しぼ)んで散って咲かない
・新しい花園を襲ふ働き蜂の剣の毒
・襲ふてくる蜂の毒剣へ花園の蜂も毒の剣
・蜂ら刺しちがへて死んで花園を埋めてる 

『川柳人・281号』(11月15日発行)

・高梁実りへ戦車と靴の鋲
・屍のゐないニュース映画で勇ましい
・出征の門標があってがらんどうの小店
・万歳とあげて行った手を大陸へおいて来た
・手と足をもいだ丸太にしてかへし
・胎内の動きを知るころ骨(こつ)がつき


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