反戦川柳作家・鶴彬

短詩型(笑)文学を楽しむ

 鶴彬(つるあきら)は,石川県高松町に生まれた。1909年1月1日のことである。この年,伊藤博文がハルピンで暗殺されている。ま,そういう時代である。
 1924年(大正13),彬は15歳にして初めて『北国柳壇』に投句をする。柳名は喜多一児。この年,宮沢賢治が「春と修羅」を発表している。ま,そういう時代である。
 1937年(昭和12)12月3日,木材通信社の事務所へ出勤してきたところを待ち伏せしていた特効警察に逮捕され,野方署に留置。
 1938年(昭和13),赤痢にかかり奥多摩病院へ入院(監視付き)。9月14日,死去,享年29歳の短い生涯であった。

本コーナーは,一叩人編『鶴彬全集・1998年版』をもとに作成しました。
当然ながら,全作品を網羅してあるわけではありません。

1924年(大正13年)  15歳 

「北国柳壇」1924年10月~12月

・静な夜口笛の消え去る淋しさ
・燐寸(マッチ)の棒の燃焼にも似た生命(いのち)
・皺に宿る淋しい影よ母よ

以上3句が,はじめての投句である。10月25日の『北国新聞・夕刊』であった。
柳名は喜多一児。
たった15歳だとは思えない,この感性!!


・秋日和砂弄んでる純な瞳
・思ひっ切り笑ひたくなった我
・無駄な祈りと思ひつゝ祈る心
・運命を怨んで見るも浅猿(あさま)しさ
・その侭に流れんことを願ふ我


・日章旗ベッタリ垂れた蒸暑さ
・いい夜先(まず) 幾つかの命ゆがめられ
・子供等の遊びへ暗影迫り来る
・海鳴りが秋の心へ強く響き
・表現派の様な町の屋根つゞき
・悲しい遊戯を乗せて地球は廻る
・外燈へ雨は光って目がけ来る
・得意さを哀れに見る哀れさ
・滅びゆく生命(いのち)へ滅ぶ可(べ)きが泣(なき)
・生活へ真剣になれぬある生活
・一跳ね一跳ね魚(うを)の最後が刻まれる
・大きな収穫総てを忘れた喜び
・泣く笑ふそして子等の日は終り 
・儚いと捨てられもせぬ命なり
・大きな物小さな物を踏みにじり
・風船玉しかと掴めば破れます。

 1925年(大正14年) 16歳

「北国柳壇」 喜多一児1月8日夕刊

・暗闇に灯を探しつつ突き当り
・母親の影に連れ子は淋しさう
・連子の名呼び捨てにもされず
・泥沼にのた打ち廻る真剱さ
・打たれてから打つ心を考へる

『影像・19号』(5月5日発行) 喜多一児

・ショーウインドウ女の瞳が飛び出した
・暴風と海との恋を見ましたか
・水平線の上で太陽を立てた日だ
・大切に抱いてゐるから黙って居よう
・生と死を車輪の力切りはなし
・死の背景に生きてるものが浮いてゐる
・太陽が輝いてゐる奇怪な朝
・どれだけを舞ふたかは地球も知らず

『影像・22号』(8月15日発行) 一児

・さんらんの陽を破ったる塔の尖端
・三角定規の真ン中に住める
・裏となり表となりて赤き線
・剃刀の刃の冷たさの上に躍れ
・白衣など嫌だ私は生きてゐる
・恋愛と真赤な血の落書き
・刃の裏にくっついて冷笑
・風船玉を売っとる男

『百萬石・54号』(10月号)

・鮒の眼は飯粒だけを見つめたり
・巡礼の唄華やかな人生なり 

『影像・23号』(10月15日発行) 

・どかと座せば椅子そのものもひた走る
・凝視の尖端に幸福を漂はす
・伏す針の鋭き色をひそめ得ず
・ひとときを積み木の家の中に居る
・可憐なる母は私を生みました
・レッテルを信じ街々の舞踏する
・蝉鳴くは夏のおのれの肯定か
・人なれば白黒の織物肯定す
・偶然と日本の国に生れ出て
・神々は赤き部屋ぬちに死ねり
・死の底に髑髏の破片もなかりけり
・電柱より蝉鳴くところ無くなりし
・大の字になって明日へ送られる
・死の死者よ地上の酒を召し上れ
・カレンダの桃色の日に死にました
・星降れば古き観念の屋根がもる
・磁石なく枯野の髑髏に教へらる
・手をつなぐものなく縦列さへし得ず
・鉛筆のあと芯の幾倍ぞ
・地を噛まむ夜の海海の白き歯よ
・五と五とは十だと書いて死にました
・飢え果てゝ悲しむ力失せにけり
・警鐘の赤き響に地のゆるぎ

「革新の言葉」
 如何なる時代に於ても,生活様式が,哲学が,宗教が,クライマックスに達した次の瞬間に於て必ずや革新運動の起立した庫とは過去の歴史をたどる時に於て明瞭である。
 そしてその革新運動は伝統の城を守る人々から異端視され虐待されつつも,やがて次の新時代を樹立した事も見逃す可からざる事実である。
 伝統主義者により異端視され,虐待されたる革新運動こそその本質価値に於ては尊大である。所詮新時代とは反逆的創造運動である。(後略) 

『氷原・16号』(10月20日発行) 喜多一児

・薄桃色の花の呼吸の乱れたり
・ピタと閉づ扉に鍵のある哀れ
・性慾といふ細い掛橋だ
・セカンドの刻みのすきに足を入れ
・大地迄もんどり打って貴族の死

『新興川柳詩集(田中五呂八編)』(12月20日発行)

・セカンドの刻みの隙に足を入れ
・死の底に髑髏の破片もなかりけり
・暴風と海の恋を見ましたか
・伏す針の鋭き色をひそめ得ず
・銭呉れと出した掌は黙って大きい

1926年(大正15年/昭和元年) 17歳

「北国柳壇」 喜多一児 1月24日夕刊

・旅人へ吹雪に消えた里程標
・雪片(ゆきくれ)の土に吸はるる音をきく
・福村信正兄に
 泥濘(ぬかるみ)はあなたの涙血と汗と
・一滴の涙と一粒の白砂と

『影像・25号』(2月1日発行) 喜多一児

 ・唖と話せば原始的になる
・晴れ渡る其の日燕は旅に立ち
・崖見下ろす王の頭上を白き雲
・雪片の土に吸はれる音をきく
・恋人の微笑に髑髏の表情が
・運命は四十八手を使ひ分け
・むなしやな音の行衛を見失ひ
・旅人と吹雪と里程標の先 

『氷原・17号』(2月5日発行) 喜多一児

 ・的を射るその矢は的と共に死す
・仏像はあはれ虚栄を強いられて
・警鐘も落つべき日をば知らざりき
・先に立つ一羽を信じ群れて逃ぐ
・鳥籠の空間と蒼穹の奥の奥
・蒼穹の色を信ずるのみでよし

『氷原・18号』(3月5日発行) 喜多一児

・枯れ枝に昼の月の死んでゐる風景
・真理にかびの若芽が生えて来る
・バットのけむりに幻想の魚が泳ぐ
・鏡の音のひろごる波は胸に寄す
・仏像を木にして囓る鼠なり
・猫の眼はつひに闇をば知らで果て
・避雷針のねらふ大宇宙の一点
・触れもせで別れし恋を忍ぶ春
・唇と唇,電気の味と知らず酔ふ
・便所から出て来た孔雀の女
・海鳴りが床の下から背へひびく
・迷宮の罪にふれて神を言ひ
・病葉の中にみじめな花の顔
・過去の背中に運命が笑った
   註:「バット」は煙草の「ゴールデンバット」

『影像・26号』(3月5日発行) 一児

・星空へキリストの眼と望遠鏡
・セコンドの刻みを数ふ声ありき
・凋むべきさだめに張り切ったパラソル
・五本の指は宿命論者だ
・円周を早く廻って一等だ死だ
・去勢してさあ革命を言ひたまへ 

『氷原・19号』(4月5日発行) 喜多一児

・口あたり,うっとりと寺男の俗謡
・塩鮭の口ぱっくりと空を向く
・尺八の音ぞ青竹の死の唄よ
・性未だリボンつけたき少女なる
・草に寝る,草の青さに染む心
・人類史の頁めくって風窓に逃げ
・鉛筆の芯幾人の舌にふれ

『氷原・20号』(5月5日発行)喜多一児

・何物の二に割り出せし雄と雌
・ニッケルの主観ゆがんだ風景
・フィルムの尽くれば白き幕となり
・地図描く刹那も怒濤岸を噛む
・滅無とは非我の認識なりしよな
・トタン屋根さんらんとして陽の乱舞
・波,闇に怒るを月に見つけられ
・万年筆にインクをつめる
・資本家の工場にニヒリストの煙突
・寒竹の春には枯木ばかりなる
・淫売婦共同便所,死,戯場
・ウインドの都腰巻目をうばひ
・掌にまりの空虚に握りしめ
・棒杭と水,さやうなら,さようなら

『影像・28号』(5月5日発行) 一二 

・花紅,柳緑と太陽の認識
・宿命の軌道を汽車は煙吐きつ
・骨を噛む仔猫の牙にふとおびゆ
・音楽家がつんぼになった
・鐘の音のひろごり二つ遂に触れ
・眼を閉ぢて月の歩める音を聞く
・資本主義の工場ニヒリストの煙突
・虚無時代恋心底に冬眠す
・神をきく椅子に尾骨のうづきけり
・光明の一線の先闇を指す
・ニッケルの主観ゆがんだ風景
・絃切れた響未来へ続きけり
・流水れ一の哲理を持たざりき
    註:「水流れ」の間違いか?
・敵対す猫の瞳に映るわれ

 私は敢て模倣を賛美する。なぜならば「模倣は創造の一歩である」から。

『影像・29号』(6月5日発行) 

・尺蠖のあゆみは時をさしはかり
・半球の闇を地球は持ち続け
・神代史男神けものと恋をする
・角度を圧して樹が倒れる
・七色を捨てゝ太陽白を秘む
・レッテルに街掩はれて窒息せむ
・夜を追ひて新らしき陽の朝の舞ひ
・芽の双葉まろき虚空を抱き上げる
・落葉の一転二転無我空無
・三界のからくり見よや円き窓
・神様は花火線香をもてあそび
・流星のあとを拭へる時の手よ
・死の魚の瞳の底の青き空
・廻転の速さの極み時,空,絶ゆ
・蒼ざめたバットの殻の瞳に匂ふ
・白魚の指にコップの人生観
・新聞にうつる二十世紀の顔
・まろ玉を綴れるむすびの傑作
・猫遂に家族主義者の群に入る

『影像・30号』(8月5日発行) 

・文明の私生児トッカピンニズム
・みゝずもぐれど知らぬ地の深み
・恋ざめて過去の背中に夢を彫る
・老ひぼれた地球の皺に人の蘇生
・十字架を磨き疲れた果てに死す
・恋殻を詩園の窓の下に捨つ
・人奔る金魚口あけ尾をふらん
・ひねもすやわれをひたすら陽の凝視 

『氷原・21号』(8月25日発行)

・性慾の仮面ぞろぞろ二十世紀の街
・レッテルに掩はれて街,窒息せん
・蒼ざめたバットの殻に神を閉づ
・太陽の光りの真暗,目を食らひ
・宿命の軌道を汽車は煙吐きつ
・夜と昼とあつめ無明の闇に帰す
・菩提樹の影に釈尊糞を垂れ
・大脳や,真上の星の威圧かな
・尿すれば,我が夜くまなくひびきけり
・人肉と,血の酒,卅世紀のカフェー
・太陽の真下に蟻の唯物論
・陽は放浪の旅におひぼれて行く
・六月の若葉の圧力の下で女と語る
・水へ投る,しゅッー吸殻の無我
・むくむくとした柳は夕闇を密造する
・磨りつくされ墨の暗黒
・童貞の間に華やかな夢を食べる
・飯食ふことに人生を浪費する
・神秘てふ永遠の憑きものに憑かれる
・海の蒼さは太陽の認識不足だ
・地上が太陽の思想にかぶれた,夏
・哲学の本伏せて見る窓の青葉だ
・花瓶の絵,瓶の空虚をとりかこむ
・資本家の令嬢の美貌に見惚れる
・土,木の葉となり,木の葉土となり
・陽の描く影のモデルになってゐた
・女と語り臆病な性慾の角をのばす
・水車に米搗せていぢらしい童心
・蜂は毒剣の使用を果してゐる
・らんらんと太陽のどしゃぶり

『影像・31号』(9月5日発行) 喜多一二 

・神の手のランプと人の宇宙説
・干鰯の無我を真白き歯もて噛む
・陽は己のが錯覚の夢を追ひ続け
・墓底の闇にこほろぎ生の唄
・こゝろみに数ふる中を星流る
・詩人死しペン先空をねらふ
・仮死状態の夜の街,犬のたはむるゝ
・高き線,低き線を圧してゐる
・父母のない女,父母なき我と恋!
・夫婦打ちつれ墓詣りに出る
・哲学の本伏せて見る窓の若葉
・若葉の圧力の下で女と語る
・一片のパンをはさんで敵対す
・子供産んでも生の神秘よ
・五十世紀,殺人会社,殺人デー
・海の青,空の蒼さと相映じ
・曇天の上にさんらんたる陽の舞踏
・妻子飢ゆればストライキに入らず
・陽を飽き雨の享楽を恋ふ縁
・空間に一つの点を見つけ出し 

『影像・34号』(12月5日発行) 喜多一二 

・釈尊の手をマルクスはかけめぐり
・落る実の空へ落つべき実はなきか
・童貞の心の森の女神かな
・白の珠をつらねし珠数の無常観
・月,雲に失せしと人の小主観
・秋の海,ひとりの男-海の精か
・枝垂柳の姿となって土が噴く
・じっと見る臍のうづまき神に消ゆ
・熟し落つ文明の実の種子と土
・白痴の瞳,蕾手折りし快に晴れ
・空を射む矢壺空しくなり果てし
・濁煙の街の星なる聖者かな
・さやのなき刃いつしか人を切る
・妻もなく物乞ふ人の無我なれや
・牛の骨,歯ブラシの柄となる因果
・腹充てる群れに淫らな夢ばかり
・学びやに料理法のみ教へられ
・めらめらと燃ゆは焔か空間か
・神様よ今日の御飯が足りませぬ

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