パソコンと家庭の両立は難しいか?

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 本レポートは,わたしがパーソナルコンピュータに出会ってから「珠洲たのしい授業の会」(本サイト:1998年作成)や「珠洲市立宝立小学校のサイト」(1999年作成)を作ったころのことまでをまとめたものです。当時「これから,自分のHPを立ち上げたい」という人向けに書きました。
 2022年現在,本サイトは「Wordpress」というものにお世話になりながら,データの再構築を行っています。だから,この前書きも書いているわけです。
 時代は,どんどん便利になっているなと思います。でも,どんなに便利になっても,自分から発信したいことがあるかどうかで,その世界に踏み込むかどうかも決まってきます。今回,敢えて昔のサイトを「Wordpress」で作り直しているのは,これからも,この「珠洲たのしい授業の会」から発信してきたデータが意味を持って欲しいと思うからです。
 では,1999年頃に書いた文章をお読みください。

パソコンにのめり込むと大変なことになります。注意して下さい。というまでもなく,このページを読んでいる人はすでに相当はまっているものと察します。
家のことも省みず,仕事が終わったらパソコンの前に座りっぱなしという「お父さん」はいませんか? 家庭崩壊が来る前に,早くこのホームページを見るのはやめて,子どもたちと遊んだり,奥さんと愛を語り合いましょう。
「パソコンと家庭の両立は難しい」というのが今のところボクの結論ですが,うまくやっている人がいたら教えて下さいね。本当に大切なことなんだから・・・。

ボクとパソコンのおつきあい(PC-8801時代)-Basic遊びからからワープロへ-

はぢめに

 今回は,ボクのパソコン歴について書いてみたいと思います。これは,あくまでもボクが自分のやってきたことを整理するために書くものですが,「他人が読んでもおもしろいものになればいいなあ」と思います。
 では始めます。

学生時代

 学生時代のボクは,理学部物理学科というところに所属していました。あのころはパソコンなんて,そんなにあるわけじゃなく,物理学科の友達を見ても一人も持っていませんでした。
 ただ,学校内では,お隣の数学科に,「フォートラン」や「コボル」といった<コンピューター言語>を勉強する授業があり,そこへ参加する物理学科の学生もいました。特に,物理学科に籍を置いて数学の教職免許状も取得するときには,そんな科目も受けなくてはならなかったような気がします(そうとう記憶が怪しいが)。
 そんなわけで,学生時代は,友達が小さな穴のあいた大きな紙を持っているのを何度か見たことがありますが,それが何を意味するのか聞いたこともありませんでした。

就職浪人時代

 大学4年生を終え,無事卒業はしたけれど,就職はできませんでした。というのも,このころのボクの頭の中には「教員になって仮説実験授業をやりたい」ということしか頭になかったからです。教員採用試験にかからなかったのですが,だからといって,ほかの就職口は全く考えていませんでした。
 また,採用試験を,中学理科で受けるより小学校で受けた方が,門も広そうだと言う親戚のアドバイスで,小学校免許状をとるために,1年間,仏教大学の通信教育をすることにしました。仏教大学にしたのは,そのまま京都にいられるからです。スクーリングとやらも,アパートが近くなのでバイクで数十分走るだけです。
 このころは,ほとんど遊んで暮らしたというか,勉強して暮らしたというか。自由気ままな毎日でした。ある私立高校から「講師に来てくれ」という声もあったのですが,なんか周りの人たちが,「そのまま,その高校に勤めることになるかもよ」などというものですから,義理に弱いボクとしては,うけるわけにもいかず,全くのフリーの状態で1年間を過ごしました。
 その時,暇つぶしに手に入れたのが,初めてのパソコンです。

NECのPC-8801

 その頃,パソコンという言葉がはやり始めました。NECからは6000シリーズと8000シリーズ,8800シリーズが出ていたように記憶しています。9800シリーズはもう少しあとだったけなあ。富士通からはFM-TOWNS(だったかなあ)というCD-ROMをひっさげて登場したのもあったんだったっけなあ-ほとんど記憶が定かではない-。まあ,とにかくボクが手に入れたのはNECのPC-8801というパソコンだったのです。
 そのパソコンには,フロッピードライブもありません。パソコン本体とディスプレーだけの極めて簡単なものでした。いくらしたのか全く思い出せませんが,たしか大阪のあるパソコンショップから通信で購入したんじゃなかったかと思います。
 で,このパソコンは,「N88-Basic」という言語を使って,プログラムを組むことができました。そのN88-Basicが内蔵されていたのです。そうそう,一緒に漢字ボート(JIS規格第2水準のもだったか)も購入して取り付けたのを覚えています。

何をしたのか

 さて,そんなパソコンで何ができるでしょうか? まずは,いろいろと命令を打ち込んで,その通り画面が動くかどうかを見ます。画面の色を変えるだけでも大喜びをしていました。
 さて,フロッピーもないこのころ,記憶装置は何だったと思いますか? 正解は,カセットテープです。ふつうのカセットテープに自分の作成したプログラムを記憶させていたのです。テープレコーダーは,1万円くらいのを買ったと思います。
 このとき作ったプログラムは,世界の国旗でした。グラフに書きやすい(プログラムしやすい)ものを選んで,何人かで「あーでもない。こーでもない」といいながら作った記憶があります。日の丸やユニオンジャック,ジャマイカの旗などを作って,それが順番に画面に出てくるようにプログラムを組んだりしました。いやー,あれはあれでおもしろかったです。
 また,市販の本を買ってきて,そこに出ている簡単なプログラムを打ち込んでゲームを作ったこともあります。そのプログラムの詳しい意味は分かりませんでしたが,ひたすら,キーを打ち続けたことが懐かしいですねえ。これも,同じアパートの友達と一緒に,「一人はキーボードを打ち,一人は本に出ているプログラムを読み上げる」という風に仕事を分担してやりました。そして,簡単なゲームをして遊んだりしました。しかし,入力したプログラムをセーブしたり,ロードしたりするときには(相手はテープですので),時間がかかったり,エラーが出たりと大変でした。

インベーダーがやりたい

 ボクらの高校時代に,テレビゲームがはやりだしました。まずはブロック崩し,そのあとはインベーダーです。ギャラクシアンはもう少しあとですね。そのインベーダーのプログラムが本に載っていたので,それも,打ち込みました。このプログラムは,BASICではなく機械語で書かれていて一文字でも間違えると(バグがあると)プログラムは動きません。意味の分からない2桁の数字とアルファベットをひたすら入力していました。
 その結果,動いたインベーダーに感動したものです。
 まったく馬鹿なことをやっていましたね。

フロッピーディスクドライブを手に入れる

 さて,2年目は見事採用試験にも受かり,石川県の教員になることができました。勤務地は加賀です。パソコンも運び込み,新たな一人暮らしが始まりました。
 すこしは自分の自由にできるお金も入るようになったので,いよいよ「フロッピーディスクドライブ」を購入しました。十数万円くらいしたのではなかったかと思います。小松のお店で買いました。5インチのFDドライブ(ドライブ数2個)です。
 お店には,フロッピーに入ったいろいろなゲームも出ていましたが,どれも高くて買いませんでした。その中で,1つだけ『デゼニランド』というゲームを買いました。ディズニーランドのパローディですが,結局最後までクリアすることはできませんでした。テープのゲームは『麻雀』を持っていました。

ワープロ機として活用始める

 地元珠洲へ戻ってきてからだったか記憶は定かではありませんが,今まで遊び道具でしかなかったPC-8801を(ついにワープロソフトとプリンターを手に入れて)ワープロとして使い始めました。ソフトは何でもよかったのですが,『JET8801A』というのを購入しました(おそらく一太郎も出ていたと思いますが)。このソフトは1度だけバージョンアップしました(その後は,ワープロ専用機に乗り換えた)。こうなると,なかなか便利な道具です。しかし,先にも書いたように,その後は軽い持ち運びのできるワープロが出てきたので,そちらの方に重点が移ってきて,パソコンにはほとんど触らなくなりました。ちなみに,ボクの選んだワープロは最初から書院です。今の書院(かみさんが使っている)は4台目となります。

 5~6年のブランクのあと

 その後,パソコンには全く関係のない生活を送っていました。時代はどんどん進んでいろいろと出ているようですが,時々聞こえてくるパソコン言葉もボクにはまるっきしわかりませんでした。でも,ワープロさえできれば,そんなに不便でもないので,興味も持たずに来たわけです。
 しかし,緑丘中勤務時代に学校にパソコンが20台入り,パソコン室が設けられました。ボクは技術科も担当していた関係上,すこしはパソコンのことを勉強するようにもなりました。MS-DOSという言葉を理解したのもそのころです。しかし,そのMS-DOSも,以前のBASICと比べて,そんなに便利だという気はしませんでした。プログラムを作って遊ぶということができそうになかったからです。中学校に入っていた「スタディタイム」を使った授業もしましたが,練習問題をただパソコンを使ってやってるだけで,その他に利用できそうにありません。いいソフトもないので,結局,ワープロやお絵かきソフトですこし遊ぶ程度の授業をしていました。

ボクとパソコンのおつきあい(PC-9821時代)-電子メールとホームページで情報発信-

触手が動き出す

 次の年には小泊小学校に転勤となりました。ここにも,緑丘中にあった型のパソコンが1台ありました。「スタディタイム」も6年生の教材が揃っています。それじゃあ,ということで,一応,これらの教材を使えるようにし,子どもたちに解放したところ,結構喜んでやっていました。でも,まあ,その程度です。
 しかし,一方で,小松のサークルのメンバーが,パソコンの話をよくするようになってきたことも気になっていました。特に電子メールニフティーサーブから得た情報など,興味のある話も聞きます。「へ~,パソコンの使い道もいろいろとあるんだなあ」とすこし触手が動きました。
 そのうち,いわゆるwindows95のブームが来ました。「今までとは比べものにならないほど便利なソフトだ」などと騒いだ割には,押入行きのパソコンもたくさんあったようです。ボクも「目的意識がないのに買ってもねえ」という思いから二の足を踏んでいました。で,小松サークルののFさんからしつこく言われていた「サイエンスシアターの珠洲-小松間の連絡用」にはファックスを購入することで間に合わせました。
 ただ,一方で,学校にもさらに新しい型のパソコンが入るということも聞きました。「こりゃすこしは早めに勉強しておいた方がいいかもな」という思いで,またすこし触手が動きました。

NEC Canbi(PC-9821Ct20A)を入手

 新しいパソコンがだんだん欲しくなってきたとはいうものの,どんな種類があるのか分かりません。というか,店頭で見てもありすぎてよく分かりません。2回ほど,専門のお店にも行きましたが,やはり迷うだけで欲しくなりません。
 「これは,NECに勤めている友達に頼むに限る」というわけで,金沢に同窓会があった日,「合計50万くらいで,プリンターもつけて。それと,音楽をやったりもしたいから,あといろいろと便利なやつがいい。子どもも使いやすいのね」とだけ,いっておきました。そしたら「それだけあれば,一番いいのが買える」という返事。ボクは内心,「へ~,パソコンって結構安いんだ」と思いました(今から思うと,すごい値段ですがね)。
 そこで1996年の12月の末に来たのが,今の「キャンビー」というわけです。キャンビーに決定したのは「子どもも使いやすい」という感じがしたからです(子どもも使うという理由で,買う承諾をかみさんから得たわけなのである)。その当時は,そんなになかったタワー型で,結構かっこがいいので今でも気に入っています。
 ボクのキャンビーのすごいところはまだあります。
 まず,CD-ROMドライブが「CD-Rドライブ」だということです。CD-Rというのは,書き込みが1回だけできます。これで,惜しむことなくデジカメの写真をパソコンに取り込むことができました。また,「テレビチューナー」「ビデオキャプチャーボード」「SCSIボード」も最初から取り付けられています。これはすごいです。と言っても,「テレビチューナー」や「ビデオキャプチャーボード」を本格的には使っていないので,これから何ができるのか楽しみです。とりあえずは,動画を取り込んでホームページに載せたいと思っています。また,購入時にメモリを32M増やして64Mにしておきましたので,威力抜群です(128Mまで増設できます)。

のめり込む毎日

 さて,購入するまでは,なかなか腰の重かったボクですが,1度手に入れてしまうと,楽しくて仕方のないおもちゃになりました。このキャンビーには最初からいろいろなソフトが付いています。そのソフトを次々に使って遊びました。
 また,もっともやりたかったのが電子メールニフティーサーブです。ニフティーサーブもインターネットも,買って10日間ほどで入会しました。
 そして,この年の正月頃から,買う本も,パソコン関係のものがだんだん多くなってきました。
「パソコンを買えば,インターネットから情報を得られるから今までのように本なんか買わなくてもいいようになるよ」
といっていたボクでしたが,なんのなんの,結局,パソコン関係の本がボクの購入リストに追加されただけでした。あ~あ,なんちゅうこっちゃ。
 では,これから,ボクがこの2年間,パソコンで何をやってきたかを時間順に整理して書いてみます。

1997年1月
 ニフティーサーブと,NSK(日本海ネット)に加入。これから半年ほど,インターネットとニフティーの情報に凝る。このころはまだ,NSKのアクセスポイントが,つながりにくいときもよくあった。『I.E』『N.N』の使い方を学ぶ。

1997年2月
 年賀状ソフト『筆まめver7』購入。このソフトで住所録管理を始める。かみさんに頼んで,デジカメQV-100(約5万円)を秋葉原で購入。

1997年3月
 『ニフティーマネージャーver.3』にバージョンアップ。100満ボルトで,キーボード練習ソフト『もぐらまなび』,プリクラソフト『シール・クラブ』,百科事典ソフト『エンサイクロペディア』,英語学習ソフト『耳たこランド』を購入。

1997年5月
 何も知らないくせにDirect Xというのを触ったので,パソコンの調子がおかしくなる(と日記に書いてあった)。結局,windows95そのものを再インストールする。しかし,「telfax」が動いてくれなくなる。あ~あ(これは次の再インストールまで治らなかった)。雑誌に付いていたCD-ROMから『I.E3.02』をインストール。このころ,シェアウエアソフト『チューチューマウス』のユーザー登録をする。

1997年9月
 『たまごっち』『イッセー尾形のサイエンス』購入(以後,普通のソフトやゲームソフトのことは省略します)。

1997年10月
 『I.E4.0』をインストール(ネット上からのダウンロードで長時間かかった)。動きが重く感じる。「アクティブ・ディスクトップ」をはずす。『word』も使ってみたくて,『Microsoft office97』『G.CREW ver.5』購入。

1997年12月
 プリンターの調子がおかしくなり,修理に出す。100満ボルトより「4Gバイトの外付けハードディスク」(約5万円)を購入。本体のハードディスクがたったの1.6GBだったので,これでどうにか一段落。windows95を再インストールする。これで再インストールは2度目。

1998年1月
 またまたパソコンの調子が変になり,インストールのし直しをする。これで3度目である。

1998年2月
 ユーティリティソフト『ノートンユーティリティ』購入。『ノートン』は,早く買っておけばよかったと思った。

1998年3月初旬~中旬
 ホームページを作成する。詳しいことは,このページの先を読んで下さい。その後,ホームページ作成ソフト『HOTALLver.5』を購入し,さらにページ作りに没頭。『一太郎8』にバージョンアップ。
・1998年?月 『Microsoft Publisher98』購入
・1998年?月 NEC製スキャナ購入
・1998年12月 「珠洲たの」ホームページの訪問者1000名を越す。

1999年1月
 年末・年始にかけて,「宝立小学校のホームページ」を作成。1月15日にネット上へ。CD-ROM仮想化ユーティリティソフト『CD革命バーチャル』購入。百科事典類を仮想CD-ROMとして,ハードディスクにインストールした。大変使いやすい。

 以上,ボクがパソコンを手に入れてから,じわじわとやってきたこと・増えたハードやソフトを紹介しました。実際には,さらにいろいろなことをやってみて挫折したり,挑戦したりということを繰り返しています。そして,現在は,ホームページで発信することを中心としてパソコンを利用しています。そのホームページづくりのために,「画像加工ソフト」「動画ソフト」「音楽作成ソフト」などが欲しくなるわけです。もちろん,電子メールのよさは言うまでもなく,今じゃもうパソコンはボクにとって必需品となってしまいました。
 ただ,windows98の導入はまだ迷っています。「I.E4.01」で十分のようにも思うからです。それに,ハードディスクも開いていないし。
 これからは,このパソコンをどういう風に使うようになるのかは分かりません。しかし,これだけ自分にとって必要となったパソコンからは,そう簡単にはなれられそうにありません。

ボクのホームページの作り方-歴史と方法 そしてこれからの課題-

はじめに

 今回は「ホームページ作り」に関しての話をします。というのも,サークルのメンバーから,「ホームページを作るときの参考書なんかない?」などと,聞かれたためです。ボクのパソコン歴は,まだ2年ほどですが(プラスαもあるにはあるが),そのボクが,今,どんな風にページ作りをするようになったかを書いてみます。
 もちろん,ここでは,「全国に向けて発信したいものがある」というのが前提で話をします。
 うちのサークルのメンバーも,ほとんどの人がパソコンを持つ時代となりました。これをきっかけに,パソコンを押入に眠らせない使用方法なども語り合いたいと思います。

どんな内容にするのか

 「全国に発信するもの」と言われてもそんなにあるわけないですよね。小学校のページを作りながらも「いったい,こういう情報は誰かが必要としているのだろうか」と疑問に思うこともたびたびです。しかし,です。せっかくの機会が与えられているのです。ページ作りが自分の励みになったり,子どもたちの想像力やパソコン力や情報処理力・情報整理力を伸ばしたりするならば,それもまたよし。少々,自分中心の内容であっても,良いのではないでしょうか。
 ただし,Web上で積極的に関われば,仲間が増えることは確かです。それがかえってしんどくなると困るのですがね(メールアドレスを公開したからには,少なくとも2日に一度はチェックして欲しいというようなこと)。
 要するに,発信する内容は,自分の趣味なりで良いと言うことです。それがある人は,作ってみる価値ありです。ただ,ボクの場合は,『珠洲たの』や『宝立小学校』のページを作ったわけで,いわゆるNGOや公共のページなわけですから,ちょっと出発は違います。

ページを作るために・その1

 ページ作りには,HTMLという言語で記述します。最初から,この言語を書くことができれば,メモ帳ソフト(テキストエディタ)しかいりませんので,Windowsなら付属のソフトで十分です。他に何も用意する必要はありません。しかし,この言語は,結構ややこしくて,その「タグ(命令語のようなもの)」を覚えるのも大変です。
 そこで,やはり「ホームページ作成ソフト」を用意するとよいでしょう。ワープロ感覚でページを作り,細かい部分は,あとで直すという方法で,ボクは作りました。

ページを作るために・その2-ボクの場合

 では,ボクのページづくりの歴史を披露します。ただし,これがお薦めと言うわけではありません。パソコンによっては,別な方法で作成することが出来ますのでね。でも,参考にはなると思います。
1.まずは,マイクロソフトの「Word」を使ってページを作りました。「Word」にはホームページ作成機能が付いています。ただし,何でもかんでも出来るというわけではありません。例えば,NNでしか対応していない機能は,「Word」にはありません。

2.すでにワープロうちしてある文章は,「一太郎」や「Word」で呼び出し「HTML文書で保存」しなおします。

3.これで,一応,ページの大枠はできたので,FTPしました。「FTP」とは「作ったホームページのファイルをプロバイダのサーバーに送ること」を言います。そのためには,専用のソフトが必要ですが,これは,ボクの持っていた「Office 97」に付属していた「Web発行ウィザード」というソフトを使いました。このFTPの作業がうまくできるまでに,2日ほどかかりました。仕組みがよく分からなくて,自分の作ったファイルの間違いに気付かなかったのです。これが一番しんどかった。FTPの仕方は,プロバイダ(たとえば日本海ネット)のホームページ上で紹介されています。それをよく読む必要があります。

4.そうこうしている内に,もっと楽をしてページを作りたくなってきました。とくにフレーム(画面を2分割以上する)機能が付いているものが欲しくなりました。そこで,「ホームページ作成専用ソフト」を購入しました。これにも有名なのが幾つかありますが,ボクが買ったのは「HOTALL Ver.5」というものです。このソフトには,FTP管理ソフトから,アニメーション作成ソフトまで付いています。

5.またまた,音や流れる文字,カウンターや掲示板にも興味がでてきます。これらのなかには,CGIJavaScriptなどと呼ばれている別の言語で記述するものもあります。ここまでくると今のところ「出来たものを使う」という程度で,自分で組むことは出来ません。それが何なのかは,最近ようやく分かるようになってきました。

6.さらに,いま始めようと思っているのは,動画の取り込みとホームページへのアップです。Real Playerというプラグイン(ブラウザを補強するソフト・たいていWeb上でただで手に入る)を使って見せるファイルを作りたいと思います。特に,小学校のページには,必要でしょう。

ページを作るために・その3-これから始める人へ

 ボクのやり方はボクの持っている環境でやったことですので,皆さんは皆さんで,より始めやすい方法があると思います。ケースバイケースでやって下さい。

1.無料ソフトでとりあえず作る
  まずは,無料のソフトで作ってみましょう。最新版のIEやNNには,ホームページ作成ソフトが付いてきます。また,最新版の一太郎やWordにもホームページ作成機能はあります。そして,何か一枚「ホームページ素材集」のCD-ROMを手に入れて下さい(少しならワープロソフトにも付いていていますし,Web上で,ただで手に入れることもできます)。これで,表を組んだり,写真を貼ったり,簡単なアニメを入れたりといった普通のことは出来ます。今じゃ,フレーム機能が付いているのもあります。

2.デジカメやスキャナが欲しい
  自分で写した写真をホームページに載せるときには,デジカメかスキャナが必要です。これからの写真ならばデジカメが便利でしょう。どうしても依然撮った写真が必要ならば,スキャナが必要となります。どちらも,もう5万円もしません。ページに写真を載せることだけ(パソコン上で見るだけ)が目的なら,性能のいいデジカメやスキャナは必要ありません。というのも,機械の性能がいいと写真一枚の画素数が大きくなり,ファイルも大きくなり,ページを見てくれる人の待つ時間を増やすだけだからです。結局,ファイルの大きさを小さくしないと使いものになりません。それならば,無理をして高いのを買う必要もないでしょう。

3.次には,専用ソフトを
  さて,ホームページ作りにはまってきた人は,何か「専用ソフト」を買いましょう。だいたいどれも8000円~12000円くらいです。もちろん,そのまま「HTML記述」の方面に進んでもよいのですが,道は険しいと思います。

4.その他のソフト
  写真加工ソフトや3次元の文字を作るソフトなど,用意できるとよいでしょう。たいていのパソコンならなんらかのソフトが付属しているでしょう。学校なら「一太郎」と「花子」かな。ただで手に入るソフトも雑誌なんかについているので,手に入れてもいいかも知れません。
  自分で音楽を作るためには,別のソフトが必要です。ボクは,宝立小学校の校歌を学校の「キューブ・ミュージック」で作り,それをMIDIで保存してみました。すると(音の大きさなどは変えられないし,ステレオでもないのですが)ちゃんと希望の音が出ました。本当は,もっといいソフトが売っていますが,そこまでまだ手が回りません。

5.ハードについて
  スキャナなどを取り付けようと思ったらSCSIボードというものを付ける必要があります。まあ,店の人に自分のパソコンの型を言えば,それにあったのを探してくれますので心配いりません。ただ,ボードのセットは自分でやらなくてはならないので少し面倒かも知れません(ボクのパソコンにはもともと付いていました)。ノートパソコンの人は,もっと簡単です。たぶん。
  一方,動画を取り込みたかったら「ビデオキャプチャーボード」というものが必要です。もちろん専用ソフトも。これは,お金がかかるので,まあ,無理はしない方がいいでしょう。

さいごに

 思いつくまま書いてきましたが,まだ,まだ知ってないといけないことは山ほどあります。例えば,画像の種類にも,BMPJPGGIFなどがありますが,それが何か分かっていないと,うまくホームページは作れません。
 ただ,いろいろと知らなくてはだめだと思っていると何もできません。ボクだって初めから,いろいろと知っていたわけではなく,作りながら詰まりながら,いろんなことを知ったわけです。未だに分からないことだらけですが,自分の作ったホームページはそれなりに形になっています。ボクは全くの独学で石に躓きながらここまで来ましたが,これからは,最低限,ボクにわかることは皆さんが悩まなくてもすみます。

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